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人類補完機構

先日、シン・エヴァンゲリオン劇場版を観た。感想は月並みで「ちゃんと終わってよかった(ね)」だ。

映画本編の話はいい。何よりうれしいのは、これでようやく『人類補完機構』シリーズを読めるということ。

時は1997年。TVシリーズが消化不良に終わったエヴァンゲリオンは、この年、はじめての続編劇場版(いわゆる旧劇)が製作、公開された。空前の"エヴァブーム"となったこの年、エヴァンゲリオン関連書籍が大量に刊行された。その多くは庵野監督のインタビューや作品の背景について語るもの、謎解き、解析をするものだったが、その中に『人類補完機構』シリーズがあった。

コードウェイナー・スミス著のそのシリーズは、タイトルからわかるとおりエヴァンゲリオンの劇中で語られる"人類補完計画"の元ネタとされた。ぼくは軽い気持ちでシリーズ4作のハヤカワSF文庫を手に取り購入したものの、「ネタバレになったら、いやだな」と思い、すぐにページをめくることはなかった。

「エヴァンゲリオンが劇場版で完結したら読もう」

それから24年。ようやくシリーズ1冊目の『鼠と竜のゲーム』を読んだ。『鼠と竜のゲーム』は表題作を含む短編集で、人類補完機構を巡る1万5000年の物語のうち、様々な時代の8編の物語が収められている。2巻目の『ノーストリリア』は長編一編のみで構成されるが、基本的には短編集と考えていい。そして全巻読むまでもなく、エヴァンゲリオンの人類補完計画とは何の関係もないがわかる。

シリーズの魅力は数多くあるが、個人的には次の4つを挙げたい。

あまり情景描写にこだわらず端的に必要を伝える文章。独特なネーミングセンス。背景世界の時代の移り変わりの描写。そして、コードウェイナー・スミスの経験を活かした微妙なリアリティ。

コードウェイナー・スミスという名は筆名で、本名はポール・マイロン・アンソニー・ラインバーガー(1913~1966年)という。

23歳でジョンズ・ホプキンス大学で政治学の博士号を取得したラインバーガーは、のちに米陸軍情報部の大佐となる。第二次世界大戦中には中国で活動しており、戦争中の経験は『心理戦争』という著書(みすず書房から昭和28年に刊行)にまとめられているそうだ。

ラインバーガーはまた、ジョンズ・ホプキンズ大学の教授としてアジア政策を講じ、外交政策協会の主要メンバーとなり、ケネディ大統領の顧問にも選ばれたという。

人類補完機構のシリーズ作品はラインバーガーが15歳の頃から、53歳で亡くなるまでの間、長期に渡って断続的に書き続けたものなので、そのすべてが軍事・外交の現場経験に裏打ちされたものというわけではない。ただ、SF作品によくある"地球のその後"の姿が、他の作家の描くそれとは異質なものになっている。

とはいえ、24年前にシリーズを読んでいたら印象はずいぶん異なっていたと思う。特に、地球で最後に残る国家が中国とされていることは、2021年に読んだからこそリアリティを感じられる部分だろう。ラインバーガーの没から55年が過ぎたが、このリアリティは今後ますます高まっていくかもしれない。


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