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無税社会は可能か?(中編) ~ダムの底のメタバース

前編からの続きで、無税社会をめざす第一歩として、誰からも税を取らない社会は構築可能かを大まじめに考えます。その題材となるのは、20年をかけてまるで経済制度の実証実験をやってきたかのような『FF11』の世界の経済です。

FF11は多人数同時参加型オンラインRPG、いわゆるMMORPGなので世界にたくさんの人がいて、共通の通貨"ギル"によって経済が成り立っています。

とはいえあくまでゲームであり、本来は「遊び」です。現実のようにまじめにお金を稼いだり、お金に執着することはない……はずでした。

ところがFF11のプレイヤーコミュニティには日本ならでは強烈な"同調圧力"が働いているため、本来ならさほど必要ないものまで必要とされ、ある意味プレイヤーによって経済に魂が込められていったのです。

お金がなければ死ぬ

例えば、食事。FF11ではゲーム内でアイテムとして食事を作り、売り、それを食べることでキャラクターの能力値が上昇します。FF11サービス開始当初の食事の性能はあくまでオマケ程度のもので、能力値が1とか2上がり、モンスターと戦うときに与えるダメージがちょびっと上がる……かどうかもわからないものだったのですが、それでもFF11の"プレイヤー文化"は「手を抜かず、食事をとること」を事実上強要しました。

別にゲーム内で時間を過ごすとお腹がすいたり、ずっと食べずにいると死ぬわけではありません。あくまで、食べるとしばらくわずかに強くなるだけです。だから自分ひとりの単独行動で、カジュアルに遊ぶときは食事なしでもOKです。

ところがFF11はオンランゲームらしさである「他人と一緒にプレイする」ことが必要とされる度合いがかなり高く、"他人の目"があるので「食事なし」というわけにはいきません。「手抜きだ」とされてゲーム内で文句を言われたり、匿名掲示板に晒されることもありえます。

「そういうのがいやでFF11を辞めていった人が多くいる」と言われていましたが、なかには鬱病になって自殺した人もいたのではないでしょうか。かかるプレッシャーは間違いなく、現在芸能人がtwitterで大炎上したときと同様です。

どうやら登校拒否っぽい未成年プレイヤー、あきらかに社会になじめないタイプの無職おじさん、育児中のストレス解消で遊んでいるお母さん等もそれなりにみかける状態でしたから、ある意味"逃避先"だったFF11の世界でも居場所を失うとなれば、決して大袈裟ではなく「社会に居場所がない」状態になってしまいます。

その後、開発者が食事の効果をより「意味があるもの」にしたことで、食事は本当の意味で"必須"のものになります。また、ゲーム内でストーリーを楽しむためにもそれなりに武器防具を揃える必要がありますが、その武器防具もどんどん性能が上がり「意味があるもの」になっていきます。

こうしてFF11の世界において、他人とのプレイは仕事のようなもの。週6日勤務で、高級スーツの着用と化粧必須、朝食・昼食は体力のつくものを食べ、それを会社に申告させられるような社会になっていきます。

この流れに乗らない選択も、できないわけではありません。

しかし、他人との距離ができ、いわばホームレスのようになります。リアルに身なりが汚く他人が寄り付かないのとは違うので、いっしょにお喋りをして楽しむことはできます。しかし、皆で強敵と戦うようなイベントには参加できないか、役に立たなくていい存在として連れて行ってもらう程度です。それを月額料金を払って楽しめるかと言われれば無理なので、ほとんどの人は去って行きます。FF11のプレイヤーとしては、死ぬのです。

前編からの繰り返しになりますが、だから「FF11は遊びじゃない」のです。

仮想通貨のマイニングに似た始まり

なおFF11世界のゲーム内通貨は"ギル"でオフラインのFFシリーズと同様です。ただしオンライン版とは異なり、お金の入手機会はあまり多くありません。

オフラインRPGは世界にひとりきりのプレイヤーに対してどんどんお金を与えていきますが、オンラインのMMORPGの場合は世界に対して少しずつお金を増やしていくことになります。

例えば、宝箱。FF11の世界にも宝箱があり、それを開けるとお金をゲットできる場合があります。しかしダンジョンにあるひとつの宝箱を誰かが開けると、宝箱は消えてしまいます。しばらく時間が経過すると再び宝箱が出現することで世界に流通するお金がさらに少し増えますが、プレイヤーひとりひとりへの分配は限りなく少額です。

また、オフラインRPGではモンスターを倒せばどんどんお金が増えますが、FF11ではそれもありません。獣人と呼ばれる人型モンスターだけはお金を持っていますが、金額はごくわずか。しかもレベルあげのために倒すような動物型モンスターに比べて強いことが多く、率先して人型モンスターを倒す機会は少なめです。

これは、いわばビットコインなどの仮想通貨(暗号通貨)における『マイニング』のようなものです。仮想通貨はそのデータのやりとりに貢献した利用者に対して、貢献度に応じたごく微量の通貨を増産し、与える仕組みになっており、これを『マイニング』と呼びます。ただし一定期間に増産される通貨の量は決められており、急激に通貨の量が増えることはありません。

しかしFF11は仮想通貨のマイニングとは違う点があります。それは、通貨が消失する機会もあることです。

宝箱や人型モンスターから算出された通貨は、皆が使う競売使用時の手数料などのかたちでゲームシステムに回収され、消えていきます。プレイヤーが活動すればするほど増える通貨を、活動すればするほど消していくのです。黎明期のFF11はこうして経済のバランスを保とうとしましたが、あまりうまく行きませんでした。安定はしたものの、低調だったと言えばいいかもしれません。

この、黎明期からしばらくのFF11はかなり暮らしにくい世界でした。なぜならバトルで戦力になるとか、職人としてニーズの高いアイテムを作れるといった、ゲーム内での価値が高いプレイヤーがよりお金を稼ぐ一方、あとからゲームを始めた後続プレイヤーはお金を稼ぎにくいのです。仕事に行くために必要な高級スーツを買うために、仕事に行かずに空き缶拾いをするような日々が続きます。ゲームとしてもおもしろくありません。

お金の流れは、現実世界で言うところ"トリクルダウン"(の失敗)のようなものでした。上級者が遊ぶバトルコンテンツで得られる金銭的な報酬が高いことは、政府が行なう公共事業をいつも同じ業者に依頼することに似ています。現実の政治では、利権作りや官僚の天下り先を作るためにあえてそのようなことが繰り返されており、例えば近年ではマイナンバーに関する事務作業をいつも電通等に高額で依頼していることが近年も問題視されています。

トリクルダウンは、口先では「まず誰か(お金持ち)にお金を与えることで、徐々に全体に浸透していく」システムと説明されますが、これは嘘です。

余談省略(全体に長すぎるのと、別の機会にとりあげたほうがわかりやすいのでここに書いてあった余談は省略しました)。

ここまでの流れを見ればわかるように、貨幣を流通させるためには"価値"が必要です。といっても、本質的な価値を計る必要はありません。皆が「必要だ」と思えば食事に価値が生まれ、経済が活性化されて貨幣が流通します。

しかし上級プレイヤーが欲するものの多くは、上級プレイヤーが入手して提供します。このため下級プレイヤーとは経済における"層"がわかれてしまいます。もちろん上級プレイヤーが欲するものの一部については下級プレイヤーが提供することもできますが、数多くの下級プレイヤーが競い合って提供するため、価格は下振れしやすく低利益になります。当時のFF11を経験した人でさえ「それが相場だった」「それでもけっこう稼げた」と思うでしょうけど、実際にはもっと価値があったのです。

それでいてアイテムの売買をする際に必要な競売の出品手数料(など)は全員が均等にとられます。競売手数料はある意味税金のようなもので、これを貧富の差なく一定に徴収すると貧富の差は拡大します。

なんだか、ちょうど現在の日本経済のようですね。

ということは、FF11のこの先の歴史には日本経済を救うヒントがあるのかもしれません。FF11はその後「スシ革命」によって黎明期を終えますが、それを支えたのが「わさび経済」です。なんだか(また)『カノッサの屈辱』(大昔のTV番組)のような話になってきました。

この話は、後編へ続きます。

(つづく)

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