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暴力夫から逃れ、一人娘を育てる女のもとに、元夫が現れ、もう一度やり直そうと言い出す。どうしても過去を許せない彼女だが、娘のために小旅行に行く。感傷に浸りながら、少しずつ過去から解放されていくが。6月19日おまけ

たしか、あの日は金曜日だった様な気がする。
昌子は、いつもと同じように仕事を終え、
スーパーで買い物を済ませて、小3になる
娘の加奈子の待つマンションに着いたのが
、たしか、娘の好きなアニメのテーマソングが
聞こえていたから、午後7時頃だったろう。
「ただいま」
と玄関ドアを開けると、男の靴があった。
「お帰り」
と加奈子の声がして、続いて
「お帰り」
と男の声がした。
昌子は不審に思い、テレビのある部屋に入って
行くと、3年前に別れた夫の浩二が座っていた。
 
加奈子が寝入った後、
「呆れてモノも言えないわ」
昌子は復縁を迫る浩二を罵倒した。
そんな昌子に浩二は、畳に頭をすりつけるようにして頼んだ
「頼む、なんとか・・・この3年間、後悔後悔の毎日だったんだ。
なあ・・・何とか寄りを戻してくれないか」
必死に懇願する浩二の願いに、昌子は、とうとう首を縦に
振らなかった。夜中の1時か2時に浩二はガックリと肩を
落として帰って行った。
それから、毎晩、浩二は昌子が帰る前に来て、加奈子に
ぬいぐるみやお菓子を買って持ってきた。そして、
昌子が帰ってくると逃げるように帰っていくのだ。加奈子には
ビール瓶事件のようなこともあったが、優しい父親だった。
加奈子も、浩二が来るようになって明るくなった。だから、
昌子も口には出さないものの
「女々しい男」
と、無言で何度も浩二の後ろ姿をののしった。
 
昌子と浩二は10年前に恋愛結婚したのだが、結婚当初から
浩二は何かというと昌子に暴力を振るった。短気な性格なのは
結婚前から知ってはいたのだが、そこが惚れた弱みというのか
男らしいと写ったのかもしれない。結婚してから愛が冷めても
自分さえ我慢すれば、と我慢に我慢を重ねていた。そんな昌子が
離婚を決心したきっかけは、いつものように浩二が大暴れして、
ビール瓶を投げた。その瓶が寝ている加奈子の頭に当たって救急車を
呼ぶ騒ぎになったからだった。
女で一つで小さな子供を育てるのは大変に思えたが、常に生傷の
絶えない生活から抜けだせるなら、その方が良いように思えた。
幸いにも、結婚前に働いていた会社に再就職して、贅沢はできないが
娘と二人幸せに暮らしていた。それに加奈子には内緒だが、同僚の男性と
親しい間柄になっていた。このことも、浩二を拒絶する理由の一つ
だったかもしれない。
 
ある日、いつものように昌子が帰ってくると、浩二も、いつものように
「じゃあな」
と逃げるように出て行こうとした。
その時だった。
ガタンと大きな音がして浩二が玄関ドアのあたりで倒れた。
しばらくして、立ち上がろうとした浩二だが、また倒れた。
「あなた、どこか悪いんじゃ?」
そう昌子が聞くと、浩二は真っ青な顔で薄ら笑いを浮かべた。
浩二はガンで、余命1ヶ月と宣告されていた。
 
それから、昌子と加奈子、そして浩二は
日曜日に3回ほど遊園地や行楽地に小旅行に出かけた。
浩二と加奈子は、ずっと手をつないで楽しそうだったが
昌子は、どうしても、過去を吹っ切れず、ただ二人の後ろを
ついて行くだけだった。
 
1ヶ月後、浩二は入院し10日後にあっけなくこの世を去った。
モノを言わない浩二にすがりついて泣き叫ぶ加奈子をただ呆然と
見ている昌子に気づいたのか、加奈子は昌子のお腹のあたりを
何度も何度も叩きながら言った
「ねえ、お父さん、死んだのよ・・・ねえ、死んじゃったのよ・・
悲しくないの・・・」
「そうね、死んじゃったのよね」
加奈子に叩かれて忘れていた遠い昔の浩二との楽しい思い出が
呼び覚まされたのか、昌子の頬にやっと一筋の涙が流れた。
 

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