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かれこれ20年前、まだ、幼稚園児だった子供にせがまれて海の底、世界一長いトンネル青函トンネルの中でクリスマスを迎えたことがあった。

いつものように夕飯のおかずを買うために商店街を通って行くと、あちこちにクリスマスツリーやサンタのぬいぐるみが飾ってあった。
それを見つけるたびに5歳の幼稚園児の愛は歓声をあげた。
幼い愛はサンタがこの世にいると信じている。
友紀はウキウキしている愛に聞いた
「ねえ、愛ちゃん、クリスマスのプレゼント何が欲しい?」
すると、愛は、
「お人形」
と言い、すぐに、
「でも、ほんとは」
と何か続けて言いたそうにモジモジしている愛に、
「ほんとは、なあに、ママ、クリスマスは頑張るから」
と友紀が言うと愛は、
「パパ」
「ええ?」
と驚く友紀に、
「あたし、パパに会いたい」
愛はハッキリと言った。
友紀は困ってしまった。
友紀は夫の一郎と別れて、かれこれ1年半になる。
愛が1歳の頃、近所の奥さんに誘われて健康食品のセールスレディになった友紀は、明るい人なつこい性格が幸いして、ほんの数ヶ月でトップセールスになった。
そして、翌年には全国最年少の支部長にまでなった。
「私には、才能があるんだわ」
育児はほとんど託児所や保育園に任せて、夜中まで飛び回る友紀だった。
そんな友紀に最初は好意的に見えた一郎は、たぶん、寂しかったのだろうか。
いつの間にか、会社の若い女の子と浮気をしていた。
男なんて、そんなもの・・・とも考えたが、
「申し訳ない・・・あの女とは別れるから・・・」
と土下座して謝った一郎を許せなかった。
時々、愛と会うことも認めなかった。
「パパねえ・・・せめて写真でもあれば・・・」
とは思っても、別れるときに写真はすべて処分したから、アルバムの中にも1枚も一郎のはない。
まさか、いまさら本人に連絡するわけにも行くまい。
「ああ、そうだ」
友紀は手を打った。
「そしたら、クリスマスにパパとママと愛ちゃん、3人が写ってる写真を見に行こうか・・・ちょっと遠いけど行く?」
「うん、行く・・・」
と愛は飛び上がるようにして喜んだ。
クリスマスイブの朝、友紀と愛は飛行機に乗った。
行き先は青森だった。青森空港で降りて、
JR青森駅に向かった。ここから、快速海峡に乗るのだ。
「この快速は、竜飛海底駅に停まりますか?」
世界一長いトンネル青函トンネルの中には
竜飛海底駅という駅がある。この駅に快速海峡は停車することがある。
夏でも涼しい海の底のさらに下にある竜飛海底駅には水族館やさまざまな青函トンネルに関する資料が展示されている。
そして、数年前から写真展示会場もオープンしていた。
ここに生まれて間もない愛と友紀と一郎の3人で撮った写真が永久に展示されているはずなのだ。
たくさんの写真の中から、1枚の写真を見つけるのは大変だ。
「えーと、えーと」
愛の手を引いた友紀が、うろうろしていると、写真を見ながら佇んでいる男性を指さして愛が声を上げた、
「ああ、パパだ」
「ええ、まさか」
と言いながらも友紀は、懐かしそうにその男性を見つめた・・・
 

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