見出し画像

「おまえといっしょにいると肩が凝る」彼の別れ言葉だった。要するに彼には別の女ができたのだ。落ちるところまで落ちて吹っ切れた。

ビューンビューン・・・
耳をつんざくようなエンジン音が響き渡る。
サーキットを猛スピードで快走するレーシングカー。
それを巧みに操るレーサーたち。
そんな男の中の男の世界に、ごく少数だが女性のカーレーサーたちもいる。
優子は某国立大の3回生だ。
昨年の夏から、Sサーキットでカーレーサーをめざし、猛練習を繰り返している。
筋力トレーニングは毎日かかさない、とくに首の筋肉は猛スピードに絶える為、徹底的に鍛えている。
雨も降ってないのに傘さして。
泳ぐ気もないのに水着着て。
面白くも無いのにニッコリして。
優子は、もともとサーキットの花、笑うと頬にできるエクボが可愛いレースクイーンだった。
「バイト料もらえて、好きなカーレースを見物できるなら」
と気軽にレースクイーンになった優子だが、お決まりのコースと言っては何だが、新人レーサーを好きになってしまった。
高校時代は勉強ばかりで、恋愛経験はほとんどなかった優子が生まれて始めて夢中になった恋愛だった。
夢のような数ヶ月だったが、あっという間に奈落の底に突き落とされた。
「おまえといっしょにいると肩が凝る」
彼の別れ言葉だった。要するに彼には別の女ができたのだ。
悪いことは重なるもので失恋して傷心の優子の運転する車は、実家に帰る途中、雨にぬれた高速道路でスリップ、ガードレールに激突し大破した。
幸い命は助かった優子だが半年間の車椅子生活を余儀なくされた。
見舞いに来た両親や兄弟、それに友達に、
「死にたかった」
と漏らすほどのどん底状態だった。
そんな優子が立ち直るきっかけは、どこで聞いてきたのだろうか。
心配して駆けつけてくれた小学生時代の先生の言葉だった
「優子ちゃんは、子供の頃から頭が良くて運動もできて、こんなに美人になって、そのくせ、夢はなかったのね。もっと、大きな夢はないの」
って聞くと、分かんないないって、小首を傾げてニッコリするだけだったわ。
先生、もう一度聞くわ・・・夢はないの?」
その時は答えられなかった優子だけれど、夢・夢・夢・・・私の夢・・・
とベッドの上で唱えていると、不思議と元気が出てきた。
「落ちるところまで落ちて吹っ切れました」
退院してからの優子は変わった。
「レーサーを彼氏にするより、自分が車を運転するほうが感激すると思うんです。そんな話を聞いて、多くの方は、そんなこと言っても、女は女、元レースクイーンがレーサーになんかなれるわけないと思われるでしょうね」
そんなことないよ、と励まそうする言葉を振り切るように、
「駄目で元々ですから・・・これが今の私の夢ですから」
そう言うと、赤と白のスーツとヘルメットに身を固めた優子は愛車に乗り込み颯爽とコースに飛び出して行った。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?