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台湾から日本にバナナを運搬する船内は大騒ぎ。学生が、間違って乗りこんだ挙句、バナナ貯蔵庫に閉じ込められた。この貯蔵庫はバナナの腐敗防止のため窒素充填されていて、人間は30分もすれば窒息死する……3月26日

 
「大変だあ・・・」
台湾から日本にバナナを運搬する為に港を出たばかりの
T-ONE号の船内は大騒ぎになっていた。
何でもアメリカに向かうはずの学生の晋さんが、
間違って乗りこんだ挙句、
どういうわけかバナナ貯蔵庫に閉じ込められた
と言うのだ。
しかも、バナナの貯蔵庫はバナナの腐敗防止のため
窒素充填されていて、人間は30分もすれば
窒息死するのだ。その上、運の悪いことに
貯蔵庫はタイマーでセットされていて
台湾の港を出てから日本の港に到着する明日まで
開かないようになっている。
船長の目は血走っていた
「だれか・・・タイマーを解除できないか」
「誰も分りませんよ・・・バナナ運ぶだけの船だもの・・・
・・・みんな機械オンチばっかりで・・・・
会社に電話すれば・・・ヘリコプターで来てくれるかも・・
30分で来れるかどうか」
「とにかく呼んでくれ・・・」
 
貯蔵庫の中は、オレンジ色の明かりが灯っていた。
ドンドン・・・
「オーイ・・オーイ・・・開けてくれ・・」
晋さんは、必死で鉄の扉を叩いた。
「苦しい・・・空気が薄い・・・少しずつ意識が薄らいできた」
バタン・・・
力尽きたのかバナナの山の中に晋さんは倒れた。
「母さん・・・俺このまま死ぬのかな・・」
その時、
「オイ」
と声がした。
「どこにいるんだ。誰だ?」
「おまえこそ誰だ」
なんと晋さんの頭上のバナナだ。
「うそだろ・・・」
「バナナがしゃべって何が悪い」
「俺も終わりだな・・・」
「何しに俺たちの部屋に入ってきた」
「トイレと間違えたんだよ
それと、乗る船も」
「この舟は日本に行く・・・
日本人はバナナが好きだからな
でも・・昔ほど、俺たちの立場は
良くない・・・俺たちは
台湾バナナと言って、
バナナの王様だった。
いや、果物の王様だった。
小ぶりだが、程よい品格ある甘さが
日本人に受けた。
病院に見舞いに行くときは
必ずいっちょ噛んだものだ。
バナナ全体の地位が低下したこともあるが
いろんな果物が進出してきたからな。
キウイは、まだ許せるが
ナタデココって何だ?
あれが出てから、
俺たちの立場は全くなくなった・・・
ところで、おまえはアメリカに
何をしに行くんだ?」
「金持ちになりに・・・
成功する為に・・・
母さんを呼んで・・・
豪邸に住んで・・・
でも、夢だった」
「諦めるんじゃない。
袖すり会うのも他生の縁だ。
できるだけのことは
しようじゃないか。
バナナを見くびっては駄目だ。
特に台湾バナナをな。
間違いかもしれんが
日本行きの船に乗ったんだ。
行く以上、何か目的を持たないと
もうすぐ死ぬぞ」
「そうだ・・・日本には
姉さんがいる・・」
「そうか・・・何処にいる」
「横浜の中華街・・・と手紙に
書いてあった・・・」
「ちょうどいい・・
この舟は横浜に行く」
「でも、くるしいよ・・・」
「元気出せ・・・
俺を食べるんだ・・
バナナは、すぐにエネルギーに
変わる・・・マラソンの35キロ地点には
最近、バナナジュースが置いてあるのを
知ってるか?酸欠状態には
消化吸収抜群のバナナが一番だ・・
特に台湾バナナはな・・・
俺を食べるんだ・・・」
「いいのか?・・・」
「袖すり会うのも他生の縁と
言ったろう・・・
ひと思いにやってくれ・・・」
バナナは目に涙を一杯浮かべて言った。
「すまん・・・」
晋さんは、バナナの皮をむき
パクつき気を失った。
 
30分後、バナナ貯蔵庫の扉は開かれた。
船員たちが中に倒れていた晋さんを
担ぎ出した。
「しっかりしろ・・・大丈夫か・・・」
船長が晋さんの身体を揺する。
晋さんは、気がついたようで
「はい、バナナさんのおかげで・・・」
船長と船員たちは
「苦しかったんだろうなあ・・・かわいそうに」
と顔を見合わせた。
 
      

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