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凡人のみなさん、今、数億円を好きなように使っていいなら何に使いますか。私はかつての自分のように夢はあってもお金のない若い人の夢に投資しますね。

S銀行の店頭で案内係をやっている大和田博英は
自分の人生が空しかった。高校を卒業してから
30数年死にものぐるいで働いて課長になったのに、
58才から突然、
・・・支店案内係を命ず・・・
と言う辞令をもらって1年、涙をこらえて
頑張ってきた。
「悔しいったらありゃしない。だって、そうだろ
娘や息子よりも若い連中に、おじさんって
呼ばれて・・・うるさいやい・・・俺にはなあ
大和田って名前があるんだよ。
部下はいなくても、一応、元課長だ」
なんて叫びながら浴びるように酒を飲んでいる。
普段は、「もう、俺も年だから」
と言って気のよい案内係のおじさんを
やっていても、ストレスがたまると
どうしようもない。
家に帰る途中の公園で酔いつぶれてしまった。
大和田には、たった一つ夢があった。
一億円をパーッと使ってみたかった、パアーッと。

朝のS銀行の地下駐車場である。
いつものように1億円入りのジュラルミンケースが10個
警備会社の現金輸送車で納入された。大和田は
いつものように8時55分きっちりに台車を押して
「ごくろうさま」
と出迎えた。すると、
「大和田さん、じゃあ、これ、
全部使いなよ。俺、あんたの気持ち分かるよ。
もうすぐ、60になるまで、一生懸命、この銀行のために働いて
何にも良いことなかったんだぜ。がんばれよ」
警備会社の顔なじみ二人が1億円の札束を入った
ケースを一つ大和田に渡した。計画通りだった。
「すまんな。礼に1000万ずつ
あの口座に入れて置くから。なーに、
競馬に使ったって言えば、捕まったあとも
わかりゃしない」
そう言いながら、大和田はケースを台車に載せた。
ズッシリと重い。
若い頃、力自慢で慣らした博英も寄る年波に
勝てない。重い重いケースをそのまま同じ駐車場に
停めてあった自分の車に積み込んで、
そのまま旅に出た。支店長の机の上には辞表を置いてきた。
今日は定例の支店長会議の日だから、
通報されるのも昼過ぎだろう。
「一生に一度の贅沢三昧だ。
横領で警察に捕まるだろうけど、
人を殺めたわけじゃない大した罪にならないだろう」
そう言いながら、大和田の運転する車は競馬場に
向かった。生まれて初めてする博打だった。
1日で1000万使った。
翌日は競艇。競輪。
それでも、物足りない大和田は
温泉町や高級料亭を転々とする。
毎晩、芸者を上げてどんちゃん騒ぎをした。
遊んで遊んで遊びまくった。
毎晩のクライマックスは100万円の札束のばらまきだ。
「それ」
パアーっと万札を花咲爺さんのようにバラまくと
芸者たちがキャーと札束に群がった。
一生に一度はやってみたいシーンだった。
そんなこんなで1ヶ月もすると、さすがにお金も
底をつき、行くところもないので自首することに
なった。財布の中には1万円札は1枚もない。
千円札もない。小銭が少しだけ。
刑事に手錠をはめられて
「ああ、空しい」
と呻くように言ったところで目が覚めた。
 
もうすっかり夜は明けていた。
小鳥がさえずっている。いい天気だ。
ベンチで寝ぼけ眼の大和田の横を
早朝ランニングの女の子が通りかかった
「おはようございます」
と弾けるような笑顔で走り去って行く。
 

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