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何でも、イースト菌にはオスが多いので男性が入ってくると1時間で数パーセント死んでしまうそうです?とにかく、パン工場の無菌室は、たとえ社長さんでも入れません。男子禁制の部屋なのです。5月5日

 
鈴ちゃんは高校を卒業すると
隣町のパン工場に勤めて、もう三年になります。
鈴ちゃんは頭に白い頭巾をかぶり、
白い制服と薄水色のシートで無菌室に入ります。
この10畳ほどの部屋で鈴ちゃんは
パンに使うイースト菌のお守りをしています。
ここは主任さんを始め女ばかり五人に任されています。
何でも、イースト菌にはオスが多いので
男性が入ってくると1時間で数パーセント死んでしまうそうです?
これが本当か嘘か分からないけれど、
とにかく、この無菌室は、たとえ社長さんでも入れません。
男子禁制の部屋なのです。
(これでは、まるで江戸城の大奥ですね)
そればかりか、化粧はイースト菌が吸い込むと死んでしまうそうで厳禁です。
こんなことで、
「笑顔にまさる化粧はなし」
と思って、鈴ちゃんは自然と化粧をしなくなったのです。
なんやかんや、規則に縛られているようですが、
鈴ちゃんは子供の頃からのパン屋さんになる夢が叶って幸せです。
 
これは内緒ですが、鈴ちゃんの憧れの人は、
無菌室からパンの配送トラックの駐車場を
横切った所にある総務課にいる大町主任なのです。
大町主任は、黒縁の牛乳瓶の底のようなメガネを付けていて、
いつも真面目にコツコツ机やパソコンに向かって
モクモクと仕事をしていますので、
無菌室の女の子の間では、
”郵便局長さん”というニックネームがついています。
 
鈴ちゃんと大町主任が知り合ったのは、ひょんな出来事でした。
新年度になり、新しい社会保険証の無菌室のメンバー分を
持ってきた大町主任は無菌室の前で、入るに入れず、
うろうろしていました。無菌室の中は電話もありませんので
ノックするしかないのですが、ちょうど中では
昨晩のテレビドラマの話でキャーキャー盛り上がっていたため、
ノックの音は中まで聞こえなかったのです。
困った大町主任は、中の様子を、タコがガラスにへばり着くように
ドアの外から伺っていました。
その時、たまたま用事を思い出した鈴子がドアを勢い良く開けたところに
大町主任の頭があってゴッツン・・・あわれ大町主任の
牛乳瓶の底のようなメガネは外れ、おでこに大きなコブができてしまいました。
「イテッテ・・・君ねえ・・・
あんなに勢い良く開けたら、あぶないよ・・・」
「すみません・・・慌ててたもので・・・」
あんまり痛そうなので保健室に付いて行った鈴ちゃんは
ちょっとした発見をしました。
真面目なだけが取り柄だと思っていた大町主任は
メガネを取ると、なんと・・ハーフぽい美男子だったのです。
 
こんなことが縁で、鈴ちゃんと大町主任は時々話をするようになりました。
まだまだ噂の根もない二人だが、お昼の休憩時間に工場の屋上で、
仲良く座って、お弁当を頂いております。
いつも
「あのね、あのね・・・」
から始まる鈴ちゃんの無邪気な話を
大町主任は
「うんうん・・・」
頷きながら楽しそうに聞いています。
微笑ましいではありませんか。
うっかり声をかけて、邪魔をしてはいけませんよ。
もう、二人の恋は無菌室に入っているんですからね。

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