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母は全く料理に才能はなかった。だから、母が作るものは何でもまずかった。ただおいしかったのはオカマの底についたおこげだった。あれに塩をかけて、お茶漬けにして食べるのが絶品だった。

6月に婚礼を控えている美智子だが
少し心に引っ掛かるものを感じていた。
「お母さん、最近痩せたんじゃない」
いつものように台所仕事をする母の
背中にそれとなく話しかけてみた。
母は何も答えようとしない。
「お母さん、おコゲは食べへんの?」
「うん」
美智子の母は、わざとお釜の底にコゲが
できるようにご飯を炊く。
その方がふっくら炊きあがるそうだ。
それと、もう一つ、母はおコゲに
塩を少々かけて作るお茶漬けが大好物なのだ。

美智子が子供の頃、母はよく
亭主関白の父に殴られた。そんな時、
暗い台所の隅でシクシク泣きながら、
母はおコゲのお茶漬けを食べていた。

こんなこともあった。美智子が
小学校5年生の時だった。
美智子が学校から帰ると
母は真っ青な顔でうずくまっていた。
「お母さん、病院に行こう」
と心配して美智子が言うと、
「イヤ」
と言い張って我慢した。
それから、小一時間もして、
どうにもならなくなったのか
「ミーちゃん、救急車呼んで」
と言って母は気を失った。
その時、母のお腹には
赤ちゃんがいたそうだ。
「何日も前から相当苦しかったと思うよ」
医師は父にどうして気づかなかったと
怒っていた。赤ちゃんは駄目だったが、
母は何とか命を取り留めた。

母は父に殴られる度に
「私には帰るところがないの・・・」
と、いつも漏らしていた。
そんな母に父は
「そうや、おまえは、ここにいるしかない」
と吐き捨てた。
母の両親は、母が子供の時に亡くなっていて
母は親戚に育てられたそうだ。

「お兄ちゃん、お母さん痩せたんじゃ?」
美智子が、近所で所帯を持っている
3つ年上の兄に聞くと兄は顔を曇らせた。
「お母さんに口止めされてるんや・・
実は、この前、お母さんを病院に連れて行ったんや。
胃と腸に影があると医者は言うたんやけど
お母さん、精密検査の途中に胃カメラを自分で口から引っ張り
出して病院から飛び出てきたんや」
「そう・・食べてないよね・・・」
「ああ・・・重湯くらいかな・・
相当苦しいと思う」
「私、どうしたら・・」
「お前は嫁に行けばいい・・
あとは、俺が何とかする・・」
「でも・・・」
「でもも、しかしもあらへん・・
こんな時こそ、自分のできることを
しっかりやらなあかんのや・・
それしかない・・」
たしかに、兄の言うとおりだった。
頑固な母に何を言っても無駄だろう。

その夜、美智子が風呂からあがった頃に
いつものように父が酔って帰ってきた。
「おーい・・水や・・水・・・」
偉そうなことを言うけれど、
母がいないと何もできない父に
甲斐甲斐しく水を運ぶ母がやけに小さく見えた。

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