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家では誰よりもやさしい父であっても、ビジネスの現場にもどると、生き馬の目を抜く戦士だ、鬼にでも邪にでもなる。

中学1年生のミキのお父さんは不動産会社を経営している。曾お爺ちゃんの
代から続く古い会社で、ミキのお父さんは3代目社長になる。
今日はお正月、ミキの大好きな優しいお父さんが家に一日中居る日だ。
ミキとお父さんとお母さんと小学5年生の弟とが家族団らんの日々を迎えるのは年に数日しかない。
「お正月とお盆くらいねえ・・・こんな感じで家族が揃うの・・」
「そうね、お父さん、忙しいもの・・」
「あしたは、4人で初詣行こうか」
「賛成!!」
と、ほのぼのした気分のミキたちのところに、お父さんの会社に長く勤めている重役たちが年始の挨拶にやってきてから、雰囲気はガラッと変わった。お父さんの会社は、長い不況のせいか、この数年赤字続きで、ボーナスも出せない状況が続いていたのだ。
みんなお酒が入って、険悪な雰囲気に拍車がかかった。
要領の良い弟はいつの間にか席を外し、お母さんも、台所に引っ込んで戻ってこない。
気が付いたら、ミキはお父さんと会社の重役たちの難しい話の中に一人残されていた。
かなり酔った重役の一人が、
「来年は正月を迎えられるかどうか・・・」
と皮肉混じりの言葉を吐いた途端、お父さんは、強い口調で言った、
「私が全部責任をとる・・・いざとなったら、私は、この家を手放してでもやる覚悟でやっている。会社が倒れるときは、私も倒れる時だ・・」
いつも家族の前では優しいお父さんが興奮して言い放った。
びっくりしたミキは、
「お父さん、やめて・・・お正月なんだから」
すると、お父さんは、
「うるさい、引っ込んでなさい」
とミキにまで怒りの矛先を向けた。
初めて見るお父さんの怖い顔に驚いたミキは泣きながら自分の部屋に逃げ込んだ。
ミキは自分の部屋で一人、何度も何度も泣きながら、
「お父さんのバカ」
を繰り返し言った。
ミキは死んでしまいたいくらい悲しかった。
トントン・・・
ノックの音でミキは気が付いた。
泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「おーい、ミキ・・・」
お父さんの声だ。
ハーイと返事したかったが、さっきのことがひっかかって、すぐには素直になれなかった。
トントン・・・
でも、3度か4度目のノックでは、さすがに返事をした。
「はーい」
「入ってもいいか」
「はーい」
お父さんは、ミキの大好きなショートケーキの箱を持って入ってきた、
「そこの横町のケーキ屋さん、開いてたから買ってきたぞ」
「うん」
「さっきは、すまなかったな」
「うん」
「でも・・・お父さんの会社の人の前では、あんなこと言っては困るな」
「うん、でも・・・」
「でも、なんだ?」
「あんなに怖いお父さん見たの初めてだから」
「家族を守るために働いているんだ。怖くもなるさ」
「そう・・よく分からない」
「今に分かるさ・・・明日、初詣行くな」
「はーい」
「みんなで食べようか・・ケーキ」
「みんなって?」
「ああ・・・おじさんたちは帰ったよ」
「そんなら行く」
そう言うミキの顔を見て、お父さんは呆れたように笑った。
ミキはやっぱり優しいお父さんの方がいいと思った。
 

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