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【短編】深夜と逃避行

バイト終わりの帰り道、辛くてもまた明日行かなきゃいけないのをわかっているのに思い出したテイにして、そういえばもう日付を跨いでいるから今日か、なんて一人でツッコミを入れながら憂鬱に浸った。 サラリーマンのくたびれた背中を追いかけるようにコンビニへと吸い込まれていく。理由はないのに楽しいから、ここだけが私の居場所なんだと思えてしまった。 結局何も買わずに退店する、薄情者の私。 ほとんどポカリの成分でできた汗が乾いたコンクリートに落ちる頃には、見慣れた公園に足を踏み入れている。 錆

    • 『怪物』が不可欠な世の中

      映画『怪物』に悪人は存在せず、ボタンの掛け違いや勘ぐりで歯車が合わなくなっているだけであった、という感想を書いては消し、書いては消し、結局公開日から2か月が経ってしまった。 (以下ネタバレ含みます) 湊の母のやりきれなさは気の毒だったし、保利先生は湊の嘘に人生を壊されたといっても過言ではないので可哀想だった。しかし、母親と教師。自身の立場をわかった上での立ち回りを展開していく彼らは正しく見えるが、正直それって無関心に近い。ふたりを息子、生徒、というカテゴリーに分類し、ある

      • +5

        【脚本】ちょっとなに言ってるかわからないです

        • 愛をお金で買える若者

           中学の頃に受けた道徳の授業で、愛とお金について考えるというものがあった。授業の終わりに先生は、愛はお金では買えないのだと、私たち生徒に諭した。その頃から私は、若者と大人とでは、愛という言葉の持つ意味合いが異なるのではないかと思っていた。2020年に初版が発行された本作を読み、それは確信へと変わった。そして今の私は、2020年代を生きる若者によって形成された愛の持つ意味合いにおいて、愛をお金で買うことができると思っている。  本作において、愛をお金で買うという行為を最も分かり

        【短編】深夜と逃避行

          【短編】クラス替え

          「お弁当食べない?」と声をかけられた。 高校2年の1学期が始まって、4日目の昼休みのことである。 相手はいつもの、とは顔揃えが異なる女子集団だった。 「朱里さんだよね」と名前を確認されたので、「うん」と大きく頷き、笑顔を取り繕う。 「よかったら一緒に、どうかな?」 用意された空席を軽く叩いて、真ん中の女子が誘ってくる。 パズルのピースを埋めるように、私はその席に腰をかけた。 案外すぐだったな、と感じる。 クラスが変わって1年までの友達はいなくなり、新しい友達モドキが生まれ

          【短編】クラス替え

          自分本位な感情と忘却

          「君の名は。」や「天気の子」が”ぼくがきみを救う物語”だとするならば、「すずめの戸締まり」は”わたしがわたしを救う物語”であった。 そんなすずめに、新海誠は決して「自分本位」だと責めない。これみよがしに救済し、背中を押して、優しく見守るのだ。すずめが自分を救う物語の中で、そういった苦労はノイズになり、思想性が薄れてしまうから。 大切なことを蚊帳の外に忘却しながら、「あなたは光の中で大人になっていく。」という約束を反故にしないために、すずめは光の中を歩いていく。 以下所感

          自分本位な感情と忘却