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[2023.11.21]老いる

NHK大河ドラマ「どうする家康」の放映も残すところ4回。若く秀麗なる豊臣秀頼に比べ、家康は老いからは逃れられない。関ヶ原の戦いののち、彼を支えてきた忠臣たちは続々と鬼籍に入り、征夷大将軍に任ぜられた時(1603年)には家康は60歳だった。
大坂夏の陣でようやく豊臣家を滅ぼして、元和偃武を宣言したときには、家康は72歳という計算になる。
彼はほぼ一生をかけて、応仁の乱以降安土桃山時代を経て、日本国内で大規模な軍事衝突が起きない世を成したのであり、わたしたちは令和5年の約1年のあいだ彼の一代記を見届けることになっている。家康が死ぬのは大坂夏の陣の翌年である。

一方で、TVアニメ「葬送のフリーレン」、冒険の物語がすでに終わったところからこの物語ははじまる。1000年以上生きる魔法使いのエルフ族であるフリーレンが、人間とドワーフ族の勇者たちと〈魔王〉征伐をしていた期間は約10年。1000年から比べればほんのわずかな時間にしか過ぎない(しかし、そんな彼女も体力にはいささか自信がなくなってきている)。
フリーレンはしばしはそのことを口にするが、彼女が再び〈魔王〉のもとへと向かうのは、すなわち再びの冒険がスタートするのは、そのたった10年間の記憶が元になっている。
夏目漱石だったか、「冒険は酒にはじまり、女に終わる」。エルフ族には当てはまらないらしい。

ふたつの物語を並べて、わたしはいったいなにを言いたいんだろう。〈老い〉ということかもしれないし〈歳月〉ということかもしれない。あるいは、〈残された時間〉ということかもしれないし、〈使命〉ということかもしれない。

たかが[フランス文学概説]のレポを提出したくらいで、勝手に感傷的になっている。それが要するに〈老い〉なわけである。

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