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【連載小説】ハンドメイドの城(3)

(3)
(今回は由香ゆか視点です)

それを初めて知ったのは、教職のガイダンス終わりだった。

知ってる人は誰もいない。
私はひとりきりで、教室を出た。

「待って!そこの黒トートバックちゃん!」

なんて呼び方だ。
私も持ってるけど、前を歩いてる人かな。

その声を気にせずに歩いていたらすごい勢いの風が来た。

「君だよ君!黒トートバッグちゃん!」

私かよ。

くせっ毛のある茶髪に、少し焼けたたくましい腕。手首にはシルバーのバングル。
チャラい人とはこの人のようなことを言うのだろうか。想像力が乏しいかもしれないが、私がその人から受けた印象はそんなもんだ。

めんどくさい。関わりたくない。
この人がバカでかい声を出すせいで周りに見られてる。早く対応して立ち去るに限る。

「なんですか?」
「これ!落としたよ!」
「えっ?」

手渡されたのは、水色のくまのキーホルダー。梨咲りさと色違いでお揃いのキーホルダー。チェーンが取れたようだった。

「あ、ありがとうございます」

受け取って、すぐにチェーンをつける。

「すぐ付け直すあたり、ほんとに大事なものなんだね」
「はい。拾ってくれて、ありがとうございました。それじゃあ私はこれで」
「待って!黒トートバックちゃん!」
「なんですか。てかその呼び方嫌なんですけど」
「あぁ、ごめん。名前なんて言うの?俺、八木恭一やぎきょういち。教育学部の3回生」
佐々木由香ささきゆか。教育学部の1回生。あの、もういいですか」
「待って待って!1回生だったらさ、ボランティアとか興味ない?」
「ボランティアですか?そう見せかけて、なにかの勧誘とかですか。サークルとか宗教とか、そういうのいいんで」
「違う違う!ほら!案内!チラシ!これあるでしょ?」

見せられたチラシには、「学校教育ボランティア募集」とあった。

この時、初めて教育学部生向けのボランティア活動が大学のすぐ近くで行われていることを知った。

「興味、ある?」

あるかと聞かれたらあるに決まってる。
教師をめざしてるくせに私は高校2年の時ほとんど学校に通ってなかった。学校というものをあまり知らないのだ。それに、大学と高校は全くと言っていいほど違う。感覚がわからなくなる。

「一応、あります」

おそるおそる答えてみた。
八木さんは
「それなら一緒に行こうよ。申し込みしよ!」
なんてことを言ってきた。

「それ、具体的に何するかとかおしえてくれませんか」
「おう!次って授業ある?」
「ないです」
「ならこのまま1階にあるカフェ行こうよ。俺奢るし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ワンクッション挟まないんだな」
「え?」
「いや、「いきなり見ず知らずの人に奢られるのは」とか言うかなって思ったんだけど」
「見ず知らずだからこそ奢られようと思って」
「ひでぇ」

八木さんは笑った。

「俺さ、実家出ようと思ってて」
「どうしたんですか急に」

3回目のボランティア活動が終わったあとの、カフェで喋っていた時の事だった。
ボランティア活動が終わると、私たちは毎回近くの喫茶店に寄ってお茶をする。
頼むものは決まってケーキセットだ。
私は紅茶と、今日はモンブランにした。八木さんはいつも、コーヒーに恐ろしい量の砂糖とミルクを入れる。ケーキはいつもオペラケーキだ。

さっきの話に戻ろう。
どうやら八木さんは、2回生の時からひとり暮らしを考えていたらしい。

そのためのバイトもしていて、お金もだいぶ貯まってきたのだとか。

そういえば、梨咲りさが言っていた。
「お金を貯めて、ハンドメイドの城を作ろう」と。

「ハンドメイドの城」って言葉が梨咲らしい。

その言葉に心が浮いた私も私だ。
だけど現実は甘くない。
私も梨咲も、家からバイトを禁止されている。

「親にバレないバイトないかなぁ」
「家、バイト禁止なの?」
「はい。そんなことしなくていいの一点張りで。内緒でやってもいいかもしれないけど、バレたらどうなるか分からないので」

八木さんには、それとなく家のことは話していた。といっても過保護で門限があることくらいしか話してないけど。

返事がないのでちらっと見ると、八木さんは深刻そうな顔をしていた。重くとらえてしまったらしい。大丈夫だと言いたいが、声が出ない。

「それならさ」
八木さんが切り出した。

「学内バイトやらねぇ?」
「学内バイト?」
「図書館の蔵書整理とか、カフェテリアの店員とか。あれだいたいバイトだよ」
「知らなかった…」
「だろうな。1回生で知ってる方がおかしい。学内なら他所から人来ないし、バイト代も現金手渡しだから上手く隠せばバレない」
「八木さんは何かやってるんですか」
「図書館の受付」
「似合わないですね」
「ひでぇ」

八木さんは笑った。

私は八木さんが言ってた学内バイトやらの中の、カフェテリアの店員に応募した。

私もここから、動き出す。

(続く)

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