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夜明けのすべて

2024/2/29

ほめです。
良い映画だったのに、どこか感情面で足りない部分、
整理できず腑に落ちなかったモノが残るのはなぜでしょうか。
寄る辺なき生活における、まさに一筋の光明ともいえる関係があっさり終わってしまったことでの、
一抹の寂しさゆえやもしれませんし、
尺的にも語るべき点においても不要だったのかもしれないけれど、
もっとこの2人が抱える病と向き合うさまを見たかった。
それは症状が改善するといった安易な展開ではなく、
分かりあえる部分が少なからず見いだせた他者という奇跡的な関係を、
もっとさまざまな角度で味わいたかったという欲求からくるものかもしれません。

感情の振り幅が大きすぎて、そうでない時はより下手に出てしまう。
謝ることや喜んでもらおうとする行動が過剰になりがち。
そういった風に生きざるを得なかった藤沢の異質さは理解され難く、
普通に見えてた人が豹変するのは怖いし、戸惑う。
一方、you can do itな生活から落ちこぼれてしまった山添の人生は、
まったく持って受け入れがたいにもかかわらず、
彼女との交流の中で考えが変化したという柔軟さに驚きます。
許容される場所、関係、社会の中での他人とのつながり。
恋愛でも友情ですらなく、仲間、同士というのが一番しっくりくる関係性。
一緒ではないけれど、少しだけ違いが分かりあえた2人。
ヘタすれば人格から否定されうる環境での暮らしとは、どれだけ苦しみを生むのでしょうか。

劇中における転機として、
なりゆきで髪を切るというシーンと、
会社の上着を着て、忘れ物を届けるシーンが挙げられるかと思います。
前者においては、少々付き合い方が異常気味に見える藤沢の押しの強さが良い方向に転がったことで、
2人の関係性が変わるきっかけとなりました。
そして後者は山添にとっては大きな変化であり、
一線を引いていた会社へ帰属する意識が芽生えている示唆とともに、
自転車がもたらす移動の楽しさ、
狭い世界からの開放がひしひしと伝わってくるシーンです。
本作が描く生きづらさ、苦しさからの少しばかりの脱却は、
閉じられていた周囲との関わりの変化にこそ生まれるのですから、
だからこそ、お土産を買って帰ることができるようになったわけです。
また、印象深かったのは今の会社に残る、と告げたあとの辻本役である渋川清彦の演技でした。
入れ込んだ元部下、後輩の前向きな報告に、驚くとともに明らかに喜んではおらず、
良かったとは思いつつも悲しみと悔しさが入り混じったあの表情は、
対人のほろ苦さをこれでもかと見せつけられるようでした。

前作「ケイコ 目を澄ませて」同様、風景、夜景のショットが多用されます。
場面転換で主に用いられ、とくに夜、暗闇の真っ只中にいることが繰り返し提示されます。
また全編通して環境音も際立っているあたり、
音楽での緩急がつけられない分、より日常感や現実味が増す効果がありますから、
三宅唱監督の得意な描き方なのかなと。

なお、原作と比べると変更点も多く、まったく違う結末です。
原作というよりは原案、翻案とした方が良いのではないかと思える改変具合ではありますし、
よりエモーショナルでありながら、さっぱりした路線とした印象を受けました。
これは、夜がなければ、夜があったからこそという”夜明け”に重きをおいた改変で、
そういった意味でも天体やプラネタリウムを取り入れたことで、
より理解しやすい構造になったのではないかと思っています。

なにかを残し、それを思うこと。
一過性かもしれないけれど、出会えてよかった、なんて台詞は中々言えるものでないのだから。



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