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ビニールハウス

2024/3/21

どちらかといえばダメです。
まずもって、ビニールハウスという舞台をもっと活用できたのではないか。
真っ黒でポツンとそびえる外観は冒頭からなかなかのインパクトを残しますが、
以降効果的に使われることがなく残念。
象徴としてそびえるものが、やがて崩壊するというプロセスは変化の具体例ですが、
そうであるならもっとあの場所自体に感情が乗らないとカタルシスに至らない。
とはいえ、終盤のたたみかけは緊迫感が高まり、何より最後の帰宅以降はなるほど、そうきたか!とテンションが上がります。
凄惨なラストではあるものの、抑圧からの解放をはっきり示していて、ものすごく気持ちが良かった。
あのシーンのためにある作品だなと。
また、主要登場人物に共通して、物語上の関係性構築が足りないと感じます。
なぜそこまで執着するのか、恨みつらみの度合いは。
感謝と依存、欲しているものとの差を示す部分が淡白なため、
それなら仕方ないという着地をしません。
その場ごとの成り行き任せに思えてしまい、ではそれが良い方向に演出されているのかといえばそうでもない。
説明過多なのもいただけませんが、本作に関してはもうちょっと味付けがあっても美味しかったように思うのです。
そうでないと、殺人とすり替えの2本柱に対する必然性が弱まってしまい、説得力に欠けてしまうのではないかと。

価値観のバランスがおかしく、おおよそ選択を間違え続けてしまうムンジョン。
利他的で奉仕の精神や親切心に満ちていますが、
その社会性がことごとく裏目に出ることで、ひたすら不幸を背負い込むさまは哀れ。
かといって人生を悟ってなどおらず、必要に応じて俗っぽく人間臭い。
また、キャラクターの有り様として自傷という行為が非常に重要な意味合いを持ちます。
理想と現実の乖離があればあるほど、彼女は自身を罰してきたはずで、
それは苦行であり、そういった意味では信仰する対象が神でないだけで宗教的でもあるんですよね。
自身に似た境遇と思えたスンナムにも重荷となれば冷たくあたるあたり、
弱者に手を差し伸べるということは、余裕がないとできません。
そのあたりを踏まえてなお、いわゆるいい人、なのでしょう。幸か不幸かはさておき。

テガンは後天的に視力を失っていますが、実際に妻がすり替わったことに気づかないものでしょうか。
触覚と聴覚での確認はありましたが、”匂い”が違うということに言及がないのは片手落ちで、
生活をともにしている人間の体臭は、相当敏感に感じ取れるはずなんですよね。
そしてなにより、ファオクからムンジョンへの嫌悪感あふれる仕打ちをもっと長尺で表現しないと、
そうせざるを得なかったという賛同が得られにくいのでは。

空想ですが、焼け跡からは先生も含めた6人分の死体が出てきてほしい。
そうであればスンナムとの交流や暗証番号のくだりが活きて、
ビニールハウス自体の業も増し、キレイにオチがつくなあなんて。

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