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【1】Introduction――溝口彰子 meets 萩尾望都 “BL進化論”から見た『ポーの一族』『メッシュ』『残酷な神が支配する』

2019年10月26日に開催された「BL進化論サロン・トーク」特別編の模様を全6回でお届け。『ポーの一族』制作秘話から、2018年に話題をさらった宝塚歌劇の花組公演 『ポーの一族』マル秘エピソード、そして不朽の名作『メッシュ』『残酷な神が支配する』について、溝口彰子さんが聞き、萩尾望都さんが語ります。
第一回は、ホストである溝口さんからのintroductionです。

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はじめに

ボーイズラブ(BL)の進化や社会との関係を、BL愛好家と研究者の立場から分析し紐解く溝口彰子さん。デジタル出版社futurecomics(フューチャーコミックス)が主催し、溝口さんがホスト役となってBL界のスーパースターたちをお招きして開催する「BL進化論サロン・トーク」の3回目、特別編が2019年10月26日に開催されました。題して、
フューチャーコミックスPRESENTS 〜BL進化論サロン・トーク特別編〜 ゲスト:萩尾望都先生 “異端と革命”―美少年主人公のいる世界―」。

“BLの祖先”ともいえる数々の傑作を世に送り出してきたレジェンドであり、2019年にデビュー50周年を迎えた国民的マンガ家の萩尾望都先生をゲストとしてお迎え。小学生時代の作文の授業で「将来何になりたいか?」というお題に対し、「バンパネラになりたい」と書いて先生に怒られたことがあるほど、エドガーとアランになりたかったという溝口さんの熱いラブコールが実りました。

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テーマは、「“異端”と革命―美少年主人公のいる世界―」。『ポーの一族』のバンパネラたちに象徴されるような、萩尾ワールドにおける“異端”のヒーローたちについて、萩尾先生にライブでお聞きしました。その模様を、今回の企画に携わった編集・ライターの的場容子が全編まとめ、noteでもお届けいたします。

人間社会にとっては“異端”のバンパネラであるエドガーとアランは、1972年の『ポーの一族』第一作発表当時から読者に大きな衝撃を与え、2016年に半世紀近くの時を経てシリーズが再開。時代を超えて、マンガ史の中で燦然と輝く存在です。美しく魅力的な“異端”であるバンパネラたちを通して、結果的に読者に多様性の尊重を求めるような物語を、現実社会の進化を先取りするような形で、萩尾先生はいかにして紡いでいるのでしょうか?



また、「美少年主人公」を中心に頂く世界観が、のちに「BL」と呼ばれるようになる作品群にどのような影響を与え、接続されていったのか。それらは、現実の社会におけるセクシャリティの歴史や受容、進化とどのように関係しているのか――現在進行形で更新されつつあるエドガーとアランという美少年キャラをはじめとして、変幻自在にアップデートされる萩尾ワールドの魅力に、溝口さんが提唱する「BL進化論」の視点から迫ります。

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萩尾望都作品は、“広い意味でのBLの祖先”である――Introduction

溝口 本日は、「フューチャーコミックスPRESENTS~BL進化論サロン・トーク 特別編~ゲスト:萩尾望都先生 “異端”と革命―美少年主人公のいる世界―」にお越しくださりありがとうございます。「BL進化論サロン・トーク」はこれが3回めですが、本日は特別編ということで、萩尾望都先生をゲストにお招きいたしました。

もちろん萩尾先生はBL作家さんではありません。ですが、私の研究書『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』という本では、広い意味でのBLの始祖を、1961年の森茉莉の短編小説『恋人たちの森』と考えており、さらに、1970年代から描かれるようになる「美少年たちが登場する少女マンガ」の作品群も、広い意味でのBLの祖先として位置づけています。そうした背景から今回ご登壇をお願いし、受けていただくことができました。

また、個人的な話をすると、私は『ポーの一族』が本当に大好きで、小学生のときの作文で「将来なりたいもの」という課題があった際、「私はバンパネラになりたい」と書き、先生に怒られたという実話があります(笑)。……では萩尾さん、どうぞよろしくお願いいたします。

萩尾 よろしくお願いいたします。

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“BLを語る”ために、『トーマの心臓』ではなく『ポーの一族』を選んだのは

溝口 あらためまして、画業50周年おめでとうございます。今日は、萩尾さんの数ある作品のなかから、『ポーの一族』を中心に、さらに『メッシュ』と『残酷な神が支配する』を考察するという構成にしました。もちろん、BLの先祖という意味では、「むしろ『トーマの心臓』のほうでは?」とおっしゃる方もいると思います。なので、先に「なぜ『ポーの一族』を選んだか」について、説明します。

近年のBLは、男同士のラブとセックスが必須と思われがちなのですが、その実、それだけではなく、果たして「どこまでが恋愛なのか?」を問う作品もあります。つまり、恋愛を当然の前提とせず、友情や、庇護するものとされるものの関係、あるいはライバル関係とどう違うのか、ということを問う。こうした作品が試しているものを、私は「愛の定義の再検討」と呼んでいて、そうした意味で、同様の問いをテーマとして持つ『ポーの一族』を、私は「広い意味でのBLの祖先」と定義づけています。

それから、背が低くて顔が丸いなど、いわゆる、より“女性的”な男性キャラクターが、より背が高かったり、筋肉質な男性的なキャラクターにレイプされてしまうという、BLでおなじみの展開があります。つまり、BLの「受け」が、「攻め」や第三者にレイプされる、というストーリー。ならば「萩尾さんの作品におけるレイプは、BLのレイプとはどう違うのか?」について、この機会に考え直してみたいと思い、『メッシュ』と『残酷な神が支配する』を扱うことにしました。

萩尾 わかりました。よろしくお願いします。

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リア充ならぬ“表象充”/“異端”の存在が多様性を擁護する

溝口 そして、作品論に入る前にもうひとつ。私は美少年どうしのさまざまな愛を描いたマンガを読んで育ったので、世間一般の価値観では「異常」とされていた同性同士の恋愛に、むしろ憧れて育ちました。そのため、後年自分自身がレズビアンであり、同性愛者であると気づいたときに、それをすっと受け入れることができました。
さて、それではスライドをお願いします。

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溝口 表象というのは、マンガもふくめ、文字や画像、映像で表現されたものすべてを表す概念です。現実はまあ言葉の通り現実で、「この身体でここにいる私」。そして、ファンタジー。ここでは、小説のジャンルなどを指すときの言葉の意味とはちょっと違い、「表象でもなく、頭のなかだけにあるもの」を、この理論的な枠組みでは「ファンタジー」と呼んでいます。

そして、「リア充」という言葉がありますが、これは現実の生活のなかで、恋愛とか社交がすごく充実している人のことを指す言葉のようです。それでいくと、いうなれば私は「表象充だな」と思いました。

萩尾 「表象が充実している」ということですか?

溝口 はい、私が勝手に作った言葉ですが。というのも、『ポーの一族』が大好きなあまり、現実でも表象を体現したいと思って、「バンパネラになりたい」なんて作文で書いてしまった。もちろんそのときは小学生で幼かったから、するっと現実の作文でも書いてしまったわけです。

一般的に大人の読者なら、「エドガーとアランになりたい」とは言わずに、「憧れています」とか「素敵です」とか、「バンパネラという異端の存在が中心にいる美しい物語を、うっとりしながら読んでいます」といった言い方をするのだと思います。

『ポーの一族』でバンパネラたちが体現しているのは、その社会でたまたま異端とされている存在であり、価値観です。また、バンパネラは人間のエナジーを必要とするとはいえ、やり方によっては共存できる存在でもあります。つまり、異端だからと排斥する人間が間違っていて、多様性として尊重されるべき。そのことを、美しくうっとりさせるという意味で娯楽性のある物語が主張することは、その社会の構築してしまった偏狭な「常識」を、より多様性の尊重に向けて修正するのではないかと思います。

さらに先日、ある取材記事で、萩尾さんはこのように語っておられました。
「『異端者』を見ないようにする人たちは、いまの社会を維持したいのだろう。けれど、そこから抜け落ちてしまう者はどうしたらいいのか」と(「日本経済新聞」web版、2019年10月5日)。
まさに萩尾さんの作品によって救われた異端者の一人として、ここまで明確に言語化されていたことに非常に感銘を受けました。

萩尾 ありがとうございます。とても面白いお話です。それにしても、先程溝口さんが言われた「表象充」という言葉はとても新鮮ですね。

溝口 ありがとうございます。「リア充に負けるな!」という感じで広めていきたいと思います(笑)。

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萩尾 芥川賞をとった『コンビニ人間』(村田沙耶香)という本を最近読んだのですが、これは、半分くらい「表象充」の世界に住んでいるような人たちの話なんです。

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村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋、2016)

溝口 そうですか! 読んでみます。“表象充の和”を広げたいです。

【2】1970年代の『ポーの一族』 ――「排除される者」へのまなざし 「家族でいる限り自由になれない」という思いが育んだ”につづく


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『ポーの一族 秘密の花園』を記念!試し読み増量中です。 『ポーの一族』『メッシュ』『残酷な神が支配する』を“BL進化論”の観点からライブで考察します。

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