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夫婦で『デュシャンは語る』を読む 夫婦の読書会#9

夫婦で『デュシャンは語る』の前半部分を読み切った。

ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』で薦められている本の四冊目の読書会となる。

前回三冊は妻が選んだ「宗教」というテーマをもとに選本したが、今回はぼくがテーマを選ぶ番だ。

ぼくが選んだテーマは「芸術」で、選んだ理由は月並みな理由だが、芸術は人生を豊かにするからだ。

旅に行くときは、まずはその場所にある美術館に足を運ぶことを楽しみにしている。

香川県にあるイサム・ノグチ庭園美術館、フィンランドのキアズマ、ニューヨークのMoMA、など、人生の節々で芸術を楽しみ、癒され、刺激を与えてもらった。

もう一つの理由は、立花隆氏も佐藤優氏も芸術の専門家ではなく、芸術というテーマに合致する本はあまり紹介されていないが、知識人とされるお二人はどんな芸術に関する本を薦めているのだろうかと興味があった。

本書は現代芸術に多大な影響を及ぼしたデュシャンが、芸術評論家のインタヴュアーの質問に答えていくという内容だ。

原題はフランス語で「Entretiens avec Marcel Duchamp」で、直訳すると「デュシャンのインタビュー」というもので、ド直球なタイトルで、インタヴューなので非常に読みやすい。

何もしないことの極みにおいて、デュシャン自らを語った貴重な記録となり、反芸術の革命家の生の言葉となる。

立川隆氏の推薦コメント

デュシャンは、二十世紀のモダン・アートを代表する前衛芸術家。ただの便器を美術作品としてそのまま(何の手も加えずに)展覧会場に展示するなど、常識では考えられないことをやりつづけてきたデュシャンはそのような活動を通じていったい何を主張しようとしてきたのか。

デュシャンとは

デュシャンという名前が聞いたことはあったが、具体的にどんな作品を作ったのかは 「階段を降りる裸体No.2」と「泉」ぐらいしか知らなかった。

デュシャンはフランス生まれの芸術家で、アメリカとフランスを行き来し、20世紀美術に決定的な影響を残した人物として知られている。

もともとは画家として出発したが、油彩画の制作は1910年代前半に放棄し、「レディ・メイド」と称する既製品(または既製品に少し手を加えたもの)による作品を散発的に発表。

「芸術を捨てた芸術家」として生前より神話化される人物だった。

本書の元となった最初のインタヴューは、デュシャンが80歳になる数ヶ月前に行われたものだ。

心動かされるデュシャンの言葉

本書の前半部分を読んで感銘を受けた箇所を挙げていきたい。

人生に一番満足していることは何かという質問に対して以下のように答えている。

まず、運がよかったことですね。実際のところ、私はこれまで生活のために働かなければならなかったことはないのですから。生活のために働くというのは、経済的な観点から見ても、少しばかげたことだと思います。私は、やがて人びとが無理して働かなくても暮らしていけるようになるだろうと期待しています。運が良かったおかげで、私はなんとかやってくることができました。私はある時、人生をあまりの重荷、しなくてはいけないたくさんのことども、妻とか子供とか別荘とか自動車とかによって厄介にしてしまってはいけないと悟ったのです。しかも幸いなことに、十分早い時期に。(中略)私は大きな不幸や悲しみにおそわれたことはありませんし、神経衰弱にかかったこともありません。それに産みの苦しみーー私にとって絵画ははけ口だったわけではないのですからーーとか、自分を表現したいというやむにやまれぬ欲求を感じたこともありません。朝に晩に、一日中でもデッサンしたいとか、スケッチしたいなどというような欲求は、まったく持っていなかったのです。お話しできるのはそれだけです。後悔はしていません。


デュシャンが結婚したのは1927年で、40歳の時だ。

「早い時期に」というのがいつかはわからないが、20代前半だろうか。

本書全体を通じて感じるのは、デュシャンの淡々とした生活態度と、素直・素朴さだ。

多くの人が承認欲求にひっかかり、自分を大きく見せようとするが、デュシャンはあくまでも淡々と好奇心に従って行動していたことがわかる。

日本の芸術家が「芸術家は病んでいた方がいい絵が描ける」といっていたのをなにかの本で読んだことがあるが、デュシャンは大きな悲しみに襲われたこともないと述べており、 デュシャンには当てはまらないようだ。

それに、「運がよかった」というのは本音だろう。

デュシャンは公証人の父親から経済的な支援を得ていたようだ。

デュシャンの父親はあらかじめ、相続する遺産の額を子供達に提示し、その額から前払いしてもらうことができたようだ。

なので、実際の遺産相続は前払い分を引いた額となる。

デュシャンと同じように、公証人を父に持つ有名な芸術家はダ・ヴィンチだ。

もっとも、ダ・ヴィンチの場合は正妻の子供ではなかったので遺産を相続できなかったが。

アルティザン 職人 「(中略)実を言えば、私は芸術家の創造的機能などというものは信じません。ほかの人たちと同じような人間、それだけのことです。あるものをつくること、それが彼の仕事です。でも、ビジネスマンだって何かものをつくっています、そうでしょう。反対に<<芸術>>という言葉にはとても興味を惹かれます。もし私が聞いた通り、それがサンスクリットから来たものなら、この言葉は<<つくる>>という意味です。ところで、誰でも何かをつくっています。そしてカンヴァスに向かって額付きの何かを作っている人が、芸術家と呼ばれるのです。かつては、彼らは私の最も好きな言葉で呼ばれていました。ーー職人です。われわれはみんな職人です。市民生活において、軍隊生活において、あるいは芸術作品において。」 

この言葉では、デュシャンの芸術家像が伺いしれる。

仕事をしたいと思っていたのにかもしれませんが、私には途方もない怠惰が根底にあるのです。 働くことよりも生きること、呼吸をすることの方が好きなのです。私がしてきた仕事が、将来、社会的な観点からみて、何が重要性を持ちうるとは考えられない。だから、こう言ってよければ、私の芸術とは生きることなのかもしれません。各一瞬、各一回の呼吸が、どこにも描きこまれていず、視覚的でも頭脳的でもない作品になっている。それはある種の恒常的な幸福感です。

妻的には本書のエッセンスはこの一行に凝縮されており、彼の生活姿勢が清々しい。

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