年末は実家に帰らず、家にこもって菓子食う日々。
42では課題を進めるのに、他人からレビューを受ける必要があるのだが、現在はレビューの予約が取りにくい。
当たり前だ。年末なのだから。
みんな実家に帰ったりしているのだろうか。
子供の頃「年末」はワクワクが止まらない一種のイベントだった。
プレゼントがもらえ、ケーキが食べられるクリスマスから始まり、年越しにはこたつの中でみかんを食べながら紅白を見、締めに年越しそばを食べる。
そして年が明けると、待っているのはお年玉だ。
現在は冬の寒さからか物寂しさを感じる。
夫婦でクリスマスプレゼントを贈り合う習慣は何年も前になくなり、各々が普段ならば手を出さない少し高価なものを買うようになった(今年は外部ディスプレイを買った)。
ケーキはスーパーで買って来たケーキを食べた。
いつもホールのケーキを買おうか迷うが、2人なのでと、無難に食べきれそうなケーキのサイズに落ち着く。
別にどれも悪くはないのだが、子供のころのワクワク感に比べるとやはり劣ってしまう。
どちらかというと「あぁ、今年ももう終わりか。。」と憂鬱だ。
新しい年へ決意はあるけど、特に希望はない。
来年になって、急激に変わることはないと思うし、代わり映えのしない日常がまた過ぎていくだけ。
悲観的になっているのではなく、ただそうだという現実を受け入れ、その現実を抱えて生きていけたらと思う。
年末の過ごし方
妻は12月31日に実家に帰る。
友人に話すと呆れられるのだが、妻の実家にはかれこれ5年ぐらい行っていない。
あまり顔を出さないことについてどう思われているかは怪しいが、妻の実家はかしこまった家ではないので、ぼくとしては気楽で助かっている。
ぼくは今年も家に残る。
自分の実家にはコロナの影響もあって、2019年から帰っていない。
大学生の時は毎年実家に帰っていたのだが、社会人になってからは3年に一回ぐらいのペースで帰っており、次は来年の4月に帰るつもりだ。
実家に帰る時はいつも年末年始を避けて帰っている。
コロナ禍はどうか知らないが、年末年始は人の移動が多い時期なので、人混みを避けるためだ。
もし年末に実家に帰ると、せこい考えだが、ふらりと親戚が来た場合、親戚の子供達にお年玉をあげなければいけない。
主夫ニートには痛い出費だ。
そもそも親戚の子供たちの名前や顔さえ知らないし、誰に何人子供がいるかも知らない。
自分に兄弟や子供がいたら、もっと違ったのかもしれない。
子供嫌いのぼくも、姪っ子や甥っ子がいたら会いたいと思ったのかもしれない。
一人っ子で子なしだと、正月というイベントも実家に帰る理由にはならない。
孤独への耐性
両親に会えなくて寂しいと感じたことは、大学生になり実家を出てから1度もない。
孤独への耐性がある、というか孤独が好きだからだろう。
一人っ子で、両親が共働きだったからだろうか。
それでも両親は若くはないので、たまには顔を見せなければとは思う。
もしも両親に何かがあった時の対応についてもそろそろ考えていかないといけない。
両親の終活というやつだ。
まだまだ先のことだと願いたいが、その時はいつか必ず訪れる。
どちらかがいなくなった場合に、残されたほうはどうするのだろうか。
昨日母からLINEが来て「みかん送るけど、明日の夜家にいる?」とのこと。
寂しいのだろうか、と思ってしまう。
今日届くみかんと、妻から隠してあるお菓子を頬張りながら年を越そう。
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