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完全なるソロ作品ならではの音が心地良い 『Both Sides』 / Phil Collins

フィル・コリンズはスーパースターでした。

私の知るフィルは『No Jacket Required』や『Invisible Touch』(ジェネシス)からのシングルを立て続けにヒットさせていた、とんでもないおじさん。あの風貌であんなにも売れていたわけですから、いかにその曲の数々が素晴らしかった(時代に合っていた)かの証明だろうと思います。それはもう本当にものすごくて、SNSも音楽配信サービスもない時代でしたから単純に比較はできませんが、いまでいうならエド・シーランくらいにスターだったんじゃないでしょうか?

音楽業界で最も忙しい男とか言われたりもしていました。何せジェネシスのドラムなわけですから、いろんなところにゲストで行ってちょっと叩いたりもできたので、付加価値も高かったと思います(いや順番で言えば歌えたことが付加価値だったんですが)。

タイトル通りに若干のシリアス路線へ変更となった『...But Seriously』(1989年)ですらもヒット曲はありますから、そのヒットメイカーぶりは凄まじかったと言えます。

そんなフィルのソロ・アルバムを振り返ってみると、意外と聴く頻度が高いのが『Both Sides』(1993年)なのです。

ジェネシスでの最後となる『We Can’t Dance』が1991年。その2年後にリリースされた本作は、“Both Sides Of The Stories”、“Everyday”、そして“We Wait and We Wonder” がシングルカットされ、それぞれが贔屓目に言っても「まあまあ」というくらいのチャートアクションで終わっており、それまでのフィルならちょっと考えられないことでした。

アルバムとしても全英では1位ですが、全米では13位。「翳りが見えた」とか言われても仕方のない位置づけになっているかもしれません。

本作に収録されている曲はフィルが個人的な問題を抱えている時期に作られているようでして、その辺りのことを人生は川のようなものさんが詳しく記事にしてくれています。ぜひともご覧ください。

そんな影響もあってなのか、フィル自身がスリーヴ・ノーツを寄せています。全ての曲に短い一文で解説まで付けており、“時に誤解され、間違った解釈をされたままずっと残ってしまうことがあるから、歌の意味を説明したかった”とノーツに書かれています。

それらを踏まえて歌詞を読むと、より一層、その個人的な問題が直撃しているようにしか思えない曲ばかりなのですが、私が好んで聴いている理由はその音作りというか、楽曲全体に通じる落ち着き(悲哀?)にあります。

これまでのソロ作でも多くの音をフィル自身が作っているわけですが、それでも名だたるミュージシャンが参加していましたから、そこには少なからずそのミュージシャンの色が加わってきたはずです。しかしながら本作では聴こえてくるすべての音がフィルによるもの( All instruments played by Phil Collinsと記載されています )であり、その作業はどこまでも自分と向き合うものになっただろうと思います。フィル・コリンズほどの大物にこんなことを言うのも失礼極まりないですが、勇気ありますね。フィルはその作業を楽しんだようです。

トラックリストを見るだけでも後悔や切なさが伝わってくる曲名ばかりのような気もしてきますが、実際のところ全体のトーンも一貫性があり、いつの間にか通して聴いてしまうアルバムです。フィルの歌もほとんど声を張り上げることはなく、しっとりとしたものになっていて、秋の夜長に合う音楽だと思います。

⑵ Can’t Turn Back The Years は、かの名曲 “One More Night” を彷彿させる打ち込みで進んでいきますが、ドラマチックに展開することはなく淡々と終わっていきます。それが妙に良いのですが、「年月を戻すことはできない」としながら“It’s too bad I Love You”と歌うフィルの苦悩が伝わってきます。

⑺ Survivors はタイトルや曲調からポジティブな印象を受けますし、本作中では数少ないドラマチックな曲だと思うのですが、概ね「ごめんなさい」の歌で、“Please Forgive Me”と繰り返すフィルには泣けてきます。「すったもんだがあってもお互い、生きている」のは人間、誰しも感じるときがあると思いますし、人間の業について考えさせられます。そういう意味では前向きですね。

これに続くのが ⑻ We Fly So Close でして、フィルの曲解説を見ると“私達は恋愛でも日常生活でも、自分たちがどれほど災難に近づいているか気付いていない”ことを歌っているそうなのですが、この頃の事情を知ると私には “Sometime We Fly Too Close” のWeは不倫相手とフィル(とそれが引き起こす災難)にしか思えなくなってくるのですが、Weを一般的にこれから起こる災難と自分と考えてみても、その比喩としては美しく、曲も負けず劣らず美しいです。

アルバムは ⑾ Please Come Out Tonight でひっそりと終わっていきます。“全てが終わったら、残るのはあなたと私だけです”と解説しているフィルの言葉は意味深というより露骨なのかもしれませんが、「今夜、出てきてほしい」と歌うこの曲、嫌いじゃありません。

全編を通じて「随分と都合のいい話じゃないか」という解釈もできますが、過ちは誰にでもあるもの。「それでも人は生きて行く」と思えば意義深いと思いますし、ひと通り聴いた後に頭の ⑴ Both Sides Of The Stories に戻って「物語の裏と表を知る必要がある」と歌われると、それまで聴いてきた収録曲がより味わい深くなってきます。そのアルバムタイトルが『Both Sides』とは、本当によく出来ています。

自分も年を取って、やっと理解できてきたアルバムです。

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