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オーケストラと聴衆の迫力に圧倒された 『ベートーヴェン交響曲第7番』 カルロス・クライバー

確か中学生の頃だったのと思うのですが、NHK-FMでベートーヴェンの全交響曲を一挙に放送するという特番がありました。音楽の授業でしかクラシックを聴いたことがない私でしたが、どういうわけだか興味を持ち、「ここはひとつ、全て録音してやろう」と意気込んだのです。

ベートーヴェンの交響曲は第一番から第九番まであります。おそらく番組プログラムにそれぞれの演奏時間が書いてあったのでしょう。録音に備えて、できる限り余りが出ないような時間のカセットテープをかき集めた記憶があります。

用意したカセットテープとともに放送日を迎えた私は、「手際よくカセットテープ入れ替えながら、キリの良いところで録音ボタンを押さなければ」と緊張していました。

実際には曲ごとにテープを入れ替えるだけでなく、曲の途中(第二楽章が終わった時点が理想)でテープをひっくり返す必要もあったのですが、最初はそのことも分かっていなかったと思います。そもそもクラシック音楽に馴染みのない中、初めて聴く交響曲の第二楽章終わりを把握することは難しいうえに、その時点でテープをひっくり返すだけでなくB面の頭出しをする必要もあったわけですから、手間取って第三楽章の頭に間に合わない失敗を繰り返しながら録音を進めていったように記憶しています。

第三番『英雄』や第五番『運命』、第六番『田園』などの有名どころを目当てにしていた私ですが、番組が終盤に差し掛かった頃に流れた第七番に最も感動したのです。

第一楽章から溢れんばかりの躍動感で進んだこの曲は、美しくも哀愁に満ちた第二楽章を経て、第三楽章から第四楽章へはほとんど間をあけることなく進み、楽団全体が生き物かのように加速しながら音はどこまでも広がっていき、とんでもない興奮を迎えて終わりました。

中学生の私はその迫力に吹っ飛ばされ、呆然となっていたところに、聴衆の「ブラヴォー!」という大歓声が畳み掛けてきて、その熱狂ぶりに圧倒されました。そこで放送された第七番はライブ演奏だったのです。クラシックの世界では演奏終わりに「ブラヴォー」と言うことをこの時に初めて知りました。

感動した私は録音したこのテープを繰り返し聴くようになるのですが、その第七番を指揮していたのが、カルロス・クライバーだったのです。テープには冒頭の曲紹介から録音していて、おそらく黒田恭一さんの声で「カルロス・クライバー指揮」と紹介されていたように思います。

そんな中、ある日のテレビ番組欄で「ベートーヴェン交響曲第七番」と書いてあるのを見つけます。すっかりこの交響曲を好きになっていた私はとりあえず録画するのですが、それはカルロス・クライバーが昭和女子大学人見記念講堂でバイエルン国立管弦楽団を指揮したものでした。FM放送から録音したものと同じ指揮者だったのです。

第三楽章から第四楽章へほとんど間をあけることなく進んでいく迫力の演奏や聴衆の歓声は、FMで聴いたものと同じで(本当は違うのかもしれませんが、中学生の私はそう確信していました)「あの熱狂が日本でのものだったとは!」と驚愕したのです。

(↑第七番の第四楽章は27分あたりから)

第七番はもちろんのこと、アンコールで演奏された「雷鳴と電光」、「こうもり」も本当に素晴らしく、それらを踊るように指揮するクライバーのファンになってしまったのです。

当然ながらCDが欲しくなり、初めてクラシックのCDを買いに行きました。CD店内でもクラシック関連の売り場は全く雰囲気が違い、そのエリアに足を踏み入れるだけで大人になったような気がしたものでしたが、そこでまずはクライバーがウィーン・フィルを指揮する第七番(グラモフォン)を購入しました。

このCDは通常録音なので演奏後の歓声が入っておらず、先に人見記念講堂での熱狂を体験した私には少しもの足りなく感じましたが、FMを録音したテープやテレビ録画に比べるとCDで聴けるウィーン・フィルの音は本当に素晴らしく、初めて買ったこのクラシックのCDは長らく愛聴盤となりました。

クラシック音楽というよりクライバーにハマった私は、そのクライバーが極端にレパートリーを絞っており、録音されたディスクも他の指揮者に比べると嘘のように少ない人であることを知ります。「オペラなのにクライバーを見てしまう」というくらいに指揮をする姿が優雅で美しいのに、指揮台に立つことも本当に少ない人でした。

振り返れば本当に貴重な機会になってしまった2回の「ニューイヤーコンサート」放送をリアルタイムで体験し、クライバーが指揮する公式CDの少なさを嘆きながらも、なんだかんだとクラシック音楽でも聴く対象を広げていきました。

関心を持った最初の接触で素晴らしい演奏に巡り会えた幸運に今も感謝しています。あの日がなかったら、クラシック音楽を聴いてこなかったかもしれません。

クライバーは晩年、演奏どころか人前に姿を見せることもないまま、2004年に亡くなっています。亡くなった後、オルフェオから新たにCDが発売になったり、伝記(←めちゃくちゃ面白いです)が出版されたりと、改めてその人気を知ることになりましたが、やっぱり亡くなる前にもう一度、どこかで演奏してほしかったなと思います。

2011年にはNHK がBSでクライバーの特番を二日に分けて放送してくれまして、その中には人見記念講堂での演奏も含まれていました。ビデオテープにしか残っていなかった映像をハードディスクに録れたのは本当にありがたかったのですが、テレビ周辺の機材も変わりましたので、もう一度放送してくれることを願っているところです。

と、ここまで書いておいてなんですが、中学生の頃のことなので記憶は曖昧で、思い込みもあるかもしれず、事実とは違うところ(ベートーヴェン特番の第七番はライブ演奏ではなかったかも?とか、黒田恭一さんじゃなかったかも?とか)があるかもしれませんが、ご容赦ください。

それでも、私は概ねこんな経緯でクラシック音楽も聴くようになり、それはベートーヴェンの交響曲第七番とカルロス・クライバーのおかげなのです。


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