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【改正論レビュー】発信者情報開示制度の改正論|11月最終取りまとめ案

ネット誹謗中傷の問題に関して、発信者情報開示制度の改正論が引き続き注目されていますね。

先日、総務省の「発信者情報のあり方研究会」から、11月を目途といわれていた最終取りまとめの案が出されていました。

ニュースとしては、たとえばこちら。

ネット中傷、訴訟しなくても投稿者を開示 総務省が検討|朝日新聞デジタル(2020/11/12)

最終とりまとめ(案)の原文は、こちらから。

発信者情報開示の在り方に関する研究会(第10回)配布資料|総務省HP(2020/11/12)

けっこう複雑なので、正直なところ全体はよくわかっていませんが(汗)、とりあえず気になったポイントを3点ほど書いてみたいと思います。

なお、引用部分の太字や下線は筆者によるものです。


ポイント1:「訴訟しなくても」の意味は「非訟手続をすれば」という意味

1つ目は、「訴訟をしなくても」よいというのは、裁判手続が要らなくなるという意味ではなくて、「非訟手続をすれば」という意味だということです。

ニュースの見出しを見ると、あっ、じゃあ裁判所の手続しなくてもよくなるんだ、と思うような気がしますけど、そういう意味ではないです。従来よりも簡易な裁判手続として、非訟手続を新たにつくる、という意味です。

訴訟だろうと非訟だろうと、裁判所の手続なので、裁判手続です。そういう意味では、(確かに間違いではないですけど)ニュースの見出しはかなりミスリーディングだと思います。

で、非訟手続とは何か?というと、これがまた説明が難しいやつなのですが、訴訟のような厳格な手続によらずに、裁判所が後見的な立場から弾力的に判断を下すもの、という感じです。

ざっくりいうと、手続的な規律が訴訟よりもかなり緩い手続です。その分、制度設計が弾力的だけれども、反面、権利の手続的保障の面では弱い、という感じのものです(ややこしいため、詳細は割愛します)。


ポイント2:従来2回必要だった裁判手続が1回の裁判手続で済むかもしれないこと

2つ目は、従来2回必要だった裁判手続が、1回の裁判手続で済むようになるかもしれない、ということです。

ここはかなりメリット大きいところではないか、と感じます。

従来、本人特定のための開示請求の流れは、典型的には以下のような感じでした(2段階の手続が必要)。

以下の、コンテンツプロバイダっていうのは、ネット掲示板とか、SNSとかの、メディアサービスのことです。

普段、インターネット接続のために契約している「プロバイダ」と言っているイメージなのは、アクセスプロバイダの方です(いわゆるISP。インターネットサービスプロバイダ)。

《本人特定のための2段階の手続》
①媒体(コンテンツプロバイダ)に対する開示請求  
IPアドレス等を開示請求。開示を受けても、相手がどこの誰かはまだわからない
➢任意開示がされない場合は、裁判所に対し、発信者情報開示の仮処分の申立て (裁判手続①)
 ↓
②プロバイダ(アクセスプロバイダ)に対する開示請求
➢①で開示を受けたIPアドレス等を元に、発信者の住所・氏名等を開示請求
➢任意開示がされない場合は、裁判所に対し、発信者情報開示請求訴訟(及び消去禁止の仮処分申立て)(裁判手続②
 ↓
②の開示を受けられれば、本人特定に至る


これが、新しく創設される非訟手続では、開示請求をする側が、コンテンツプロバイダを相手方として裁判所に対して開示命令の申立てをすれば、その手続のなかで、アクセスプロバイダの特定もできるようにしていくようです。

それで、最終的に開示要件を満たすと判断された場合には、裁判所がコンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダに対して開示命令を出す、という形になるようです。

ちょっと長いですが、以下の部分が新しい制度の骨子(と筆者が思うところ)なので、引用しておきます。

▽最終とりまとめ(案)(第3章の3の(1))

3. 新たな裁判手続(非訟手続)について
(1) 裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む。)
 非訟手続として、1つの手続の中で発信者を特定することができるプロセスとともに、上記プロセスの中に、特定のログを迅速に保全できるようにする仕組みを導入する場合、例えば、裁判所が、被害者からの申立てを受けて、新たな裁判手続(非訟手続)として、以下の3つの命令を発することができる等の手続を創設することが考えられる。これらの3つの命令を一体的に非訟手続として位置づける方法をとることにより、1つの手続の中で発信者を特定し、より円滑な被害者の権利回復を可能とする手続が実現すると考えられる。
①コンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダ等に対する発信者情報の開示命令(以下「開示命令」という。)
②コンテンツプロバイダが保有する権利侵害に関係する発信者情報を、被害者には秘密にしたまま、アクセスプロバイダに提供するための命令(以下「提供命令」という。)
③アクセスプロバイダに対して、コンテンツプロバイダから提供された発信者情報を踏まえ権利侵害に関係する発信者情報の消去を禁止する命令(以下「消去禁止命令」という。)
 提供命令を創設し、裁判所による決定手続による開示判断と組み合わせることで、提供命令によりコンテンツプロバイダの発信者情報からアクセスプロバイダを早期に特定し、アクセスプロバイダとコンテンツプロバイダの審理をまとめ、1つの開示判断で開示可能になることが考えられる。
 さらに、提供命令により早期にアクセスプロバイダを特定するとともに、アクセスプロバイダが発信者の住所氏名を保有している場合、消去禁止命令により、権利侵害に関係する特定の通信ログ及び当該通信ログに紐付く発信者の住所・氏名等を早期に確定し、開示決定まで保全することが可能になると考えられる。


ポイント3:発信者側から異議が出れば通常の訴訟手続に移行すること

3つ目は、しかし、1回の非訟手続で済むというのはおそらくフィクションで、実際には、裁判所の開示判断に対して発信者側から異議が出ると思われるので、結局は通常の訴訟手続に移行する可能性が極めて高いことです(←私見です)。

というのは、非訟手続において裁判所が出した開示可否判断に異議がある場合には、従来の訴訟手続に移行する、という形にするようだからです。

まあ、普通に考えれば、開示命令が出た場合、発信者はアクセスプロバイダからの意見照会に対して異議を出すでしょうから、通常は、訴訟手続に移行するという風になるだろうと思います。

現行法でも、任意開示手続のなかで、アクセスプロバイダから発信者に意見照会がされるようになっています(プロバイダ責任制限法4条2項)。

で、通常は発信者から異議が出て、これに沿って、アクセスプロバイダは任意開示を拒否しています。
(その後、開示請求する側は、あくまでも開示請求を求める場合には、引き続き時間と費用をかけて訴訟を提起する、という流れ)

おそらくそれと同じような流れになるんじゃないか、と思います。


結び

まとめると、2回の裁判手続きが1回の裁判手続きになるが、裁判手続き自体が要らなくなるわけではない、ということだと整理できます。

また、1回の裁判手続きというのも、非訟手続の申立→開示決定に対して発信者側から異議が出る→訴訟手続に移行する、というパターンでも、一連の手続と見て「1回」と言っている、ということです。

これをどういう風に評価するかはまぁ人それぞれだと思いますが、個人的には、これまでハイコストだった開示請求が、ミドルコストになるくらいの感じではないかな、と思います。

任意開示される範囲を拡張させる方策については、中間とりまとめ案と同様、詳細なガイドラインをつくろう、という点のみでしたので、おそらくこの点にはあまり改善は見られず、明らかにおかしい表現でも任意開示は拒否される、という現状は続くのではないかなと(←筆者の私見です)。

そうすると、今後は、(明らかにおかしい表現も含めて、)開示請求する側は、非訟手続の申立→開示決定に対して発信者側から異議が出る→訴訟手続に移行してそこで争う、というルートをたどることになるんじゃないかな、と思います。


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[注記]
本記事は筆者の私見であり、筆者の所属するいかなる団体の意見でもありません。また、正確な内容になるよう努めておりますが、誤った情報や最新でない情報になることがあります。具体的な問題については、適宜お近くの弁護士等にご相談等をご検討ください。本記事の内容によって生じたいかなる損害等についても一切の責任を負いかねますので、ご了承ください。


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