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エリザベス女王くらい品格のある彼氏

20年以上前の話。
当時、大学に通うために名古屋に引っ越してきたわたしは、実家がある神戸に時々帰省していた。
そこで幼馴染とお茶とかランチとかして、近況報告なんかするんだが、ジュンコが「実は彼氏できてん」という。With淡々と、テンションの上がり下がりがないジュンコの話し方。

淡々とした話し方と同じく、のっぺりと凹凸のない顔のジュンコに、彼氏が。自分とそう変わらないと思っていた友人が、自分より一歩進んでいるという驚きを隠すために、「へえ~」と言ってみたが、続けて何を言えばいいのかわからない。

「それで初めてデートで、マクドナルド行ってん。ほんでわたしトイレ行ってな、出るときに、そういえばこのボタン何やろと思って、押してみたら、便器から水がバアーっと出てな、顔とかビショビショになってん。」

ちなみにこれはまだ平成に入ったばかりの頃の話で、ウォシュレットはそんなにメジャーじゃなかった。特にわたしたちは「マクドナルド」も「ミスタードーナツ」もない郊外に住んでいたし、その頃は公共施設だってまだ和式トイレが幅をきかせていたし、洋式トイレだってウォシュレットは標準装備じゃない。でもその話を聞いて、ああ、あのお尻洗うやつのボタン押してもうたんやな、という推測がつくくらいには、わたしは都会生活暮らしに馴染んできていた。

「えー、ウォシュレット顔に浴びたん?!ほんでどうしたん?」
「仕方ないからそのまま席戻ってん。彼氏に「え、どうしたん」って聞かれたけど、「まあ」とか言ってごまかしててんけど、その後彼氏がトイレに行ってん。ほんでな、戻ってきたら、彼氏もビショビショなっててん。」

「ええー、なにそれ、めっちゃ似たもの同士やんーー笑。めっちゃお似合いやん。」

というわけで「彼氏ができた話」という導入部での緊張感は、オチのある話として、そしてジュンコの彼氏がそんな人でなんだかホッとしたというか、変な親近感とか安心感でその会話は終わった。

それからその話はわたしの「すべらない話」のレパートリーになり、「友達がさあ…」と披露しては、みんなでウケて、ということをしていた。
しかし、モリタカ先輩に話したとき。ここでウケる反応があるはずのところで、彼は静かに、
「それって、エリザベス女王のフィンガーボウルじゃないか?」と言った。

え。なんですかそれ。
「フィンガーボウルっていうのは、食事の前に手を洗うための水を入れたボウルなんだけど、女王に招かれた客がそれをしらなくて飲んでしまった。召使いたちは、田舎者だとクスクス笑ったのだけど、そのとき女王は、自分もフィンガーボウルの水を飲んだ。客に恥をかかせないためにそうした、っていう話。」

えええ!じゃあ、ジュンコの彼氏は、ウォシュレットのことわかってて、ジュンコに恥をかかさないために同じことをしたということ?似たもの同士とかじゃなくて…めちゃ深い優しやってこと?

それを、「アホなカップルやね~」と笑いにしていた自分の洞察レベルの低さに愕然とするとともに、エリザベス女王の品格、やっぱり偉大なんやなあと、大英帝国に思いを馳せたエピソード。

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