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雑学マニアの雑記帳(その17)ろくでなし兄さん

10月23日は「化学の日」なのだそうだ。何故この日が化学の日になったのかというと、化学の分野で重要な定数であるアボガドロ定数が、およそ次のような値となるためだという。つまり、最後の「10の23乗」という部分に着目して、10月23日が選ばれたのだ。

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化学の日の由来に関しては納得したが、ここでひとつ疑問が湧いてきた。昔、高校の化学の授業で習ったアボガドロ数(当時はアボガドロ定数ではなくアボガドロ数と呼んでいたと思う)は次のような値だった。

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この数の覚え方として、語呂合わせで「ろくでなし兄さん、ひとでなし兄さん」というのがあったため、今でもこの数字は忘れていない。
さて、ここでよく見ると、この数字の小数点以下三桁目の数字が現在の値と違っていることに気づく。教科書に載っているような定数が高々小数点以下3桁の精度も無かったのである。これが歴史の教科書であれば、新しい資料の発見などによって歴史が書き改められることも理解できるが、自然科学分野の定数が変わってしまうというのは如何なものであろうか。数値の精度が怪しいのであれば、小数点以下2桁までに収めておいても良かったのでないか、とも思う。
ただこれ以上、当時の教科書を責めても仕方ない。ここはひとつ、未来に目を向けてみよう。前述のように現在のアボガドロ定数は昔に比べて格段に高い精度で求められるようになった。半導体の材料であるシリコン結晶を高純度で造る技術の進展に伴って、ここまで精度を高めることができたらしい。
実は、この成果の影響は大きく、近年「国際単位系」にひとつの歴史的変化が起こされたのだ。なんと1889年に質量の基準として導入された「キログラム原器」が2019年に長年の役目を終えることとなったのだ。
キログラム原器は、当然のことながら、その質量に変化があってはならないのだが、実際には、表面吸着などによって、わずかずつではあるが、その質量が次第に変化しているらしい。キログラム原器にはいくつかの複製が造られていて、それぞれ厳重に管理されている。当然ながら、当初は原器と複製は厳密に同じ質量であったものが、後年の比較計測において、両者の質量が微妙に異なっていることが判明したのだ。このことから、原器の質量が安定したものでないことが明らかとなった。僅かとはいえ、基準が経年変化していくことは大問題である。
実は、長さの基準であった「メートル原器」の方は、1960年に引退し、日本では重要文化財となっている。一メートルという長さの現在の基準は、「299792458分の1秒」の間に光が真空中を伝わる距離として定義されている。経年変化等の心配がつきまとう「原器」によらず、普遍の物理量として定義しようという発想だ。これと同様に質量の基準についてもキログラム原器に頼ることなく、普遍の物理量によって定義すべきということで議論が進められてきたのだ。
アボガドロ定数の計測精度の向上に伴い、これと関連付けられる「プランク定数」についても高精度の値を求めることができるようになった。この数字を使って質量を定義する方針が採用され、2019年に適用が開始された。長年質量の基準であrったキログラム原器も、御役御免となった。厳重に管理されて一般人が見ることのできなかったキログラム原器だが、今後は展示などで、その姿を間近に見る機会も増えるのではないだろうか。
さて、各種の基本単位には、その定義の見直しが繰り返されてきた歴史がある。長さの単位であるメートルについては、当初北極点と赤道を結ぶ子午線(パリを通るもの)の一千万分の一として定義されれた。しかし、測量によって得られる数字の精度には限界があり、仮に再度測量した場合には違った結果となることも容易に想像される。そこで「メートル原器」を基準とした定義、特定の元素が発する光の波長に基づく定義などを変遷して、ようやく現在の光速を元にしたものへと変化してきた。精度の高さや再現性などの点で、各時代における要求レベルが高くなってきたことに対して、順次対応してきた結果であろう。
光度(光の明るさ)の単位であるカンデラについては、元々はある規格を満たすロウソク一本の明るさを一カンデラと定義したのが始まりとされている。これも精度や再現性の問題を含むのは明らかで、その後見直しが行われている。
科学技術が発展してきた歴史は、基本単位の定義の変遷からも垣間見ることができるということだ。各種の単位について、その基準の決め方の変遷をたどっていくのも面白いものである。


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