#4 誤字、それは「印刷事故」の世界
印刷会社で8年働いていたので、「原稿の誤字、それは印刷事故」という認識がある。
だって、間違った文字が大量に紙に印刷され、製本され、お客さまの手元に行ってしまうから。そして、その印刷物がお客さまの手元に未来永劫残るかもしれないから。
文字をまちがえただけなのに
もしも納品した印刷物に誤字があったら、悪くて刷り直し、寛容なお客さまだったら、シール貼りなどの修正対応か、値引き対応に。
なので、新入社員時代、本来の配属部署(編集部門)では役に立たない我々新人は、なにかにつけて工場に召集された。仕事の内容は、おもにまちがって印刷してしまったところにシールを貼って修正する作業。単純作業だが、とにかく大量に人手がいるから。
たった1文字の間違いが、どれだけ恐ろしいか。
こんな話がある。
電話番号1文字、まちがえた
「あるチラシで、お客さまの電話番号を1文字まちがえて印刷してしまった」
発覚したのはチラシの配布後。
つまり、すでに不特定多数の人にバラまかれてしまったチラシに記載されたのは、お客さまの電話番号ではなく、どこか知らない一般家庭の電話番号。
このままだと明日の朝9時には、そのどこかの一般家庭に、チラシを見た人たちからの電話が殺到してしまう。
「すみません!お宅の電話番号、明日から〇〇会社の受付番号になります」
知らない相手からいきなりこんな電話がかかってくれば、その一般家庭の方もさぞ驚いたことであろう。とにかく誤って印字された番号に急いで電話をかけ、家の人に事情を説明。その電話を会社で一定期間借り上げる形にしたそうだ。
つまり、その家にかかってきた電話を全てわが社に転送し、事務の子が電話のオペレーションを行う。家電が使えなくなるその家の人には、全員携帯電話を持ってもらう。当然、費用は全て当社もち。これをしばらく続けたそうだ。
数字一つの入力まちがいをリカバリーするのに、こんな多大な労力とお金が必要になるのだ。
しかし、リカバリーできるなら、まだいい。
値段1桁、まちがえた
さらに恐ろしい話だと、あるチラシで「〇十万円の品物(限定〇個)」を「〇万円」と誤記してしまった。しかし、気がついたときにはすでに新聞折り込みで配布ずみ。
お客さまのお店の信用にかかわるから、こうなったら「〇十万円の品物」を「〇万円」で販売するしかないんだけど、その差額は印刷会社で払ってね、ということで話がまとまったそうだ。「限定〇個」でなかったら、当社はつぶれていたかもしれない。マジで。
土下座と神託
なので、工場に入稿済みの原稿に誤字があることを後から発見したときは、半ば死を覚悟で、工務担当者に土下座する勢いで修正依頼をしなくてはならない。
なぜなら、印刷予定というものは印刷工場にとって神の神託のようなもの。いったん入れた印刷予定をリスケするということになると、印刷や製本現場の人たちにとっても迷惑がかかるので、非常に忌みきらわれるのである。
そうなると工務担当者は、印刷日になんとか間に合わせるよう、今度は製版部門の人たちに土下座をする羽目になる。なので、工務担当者が心やさしい人であれば「仕方ない。なんとかするわ」で済むが、たいていの人からはいやみの一つや二つ、叱責の十や二十は浴びせられることになる。
しかし、そうしてでも直さないと、誤字のまま印刷してしまえば、それは立派な「印刷事故」。当然、社内には専門の校正部門もあるのだが、なぜかそこをもすりぬけてしまう誤字が後を絶たないのである。
1つの文字が背負うもの
そうならないためにも、編集担当者や営業担当者たちは、今日も夜な夜な目を皿にしつつ、誤字がないかを確認し続けるのである。
そんな環境で仕事をしてきたので、印刷物やネット上で誤字を見つけると、今でも背中に変な汗をかく。よそさまのお仕事でありながら。
だって、そのたった1つの文字は背負っているから。
ビジネスを。
息づかいを。
誇りを。
そして、多くの人生を。
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