夜は短し

「貴方が誰だか知らないし興味も無いわ」
夜の狭い部屋の中、向かい合うように立つ彼女はそう言った。
「…ならいいさ。私は所詮タツノオトシゴだからな」
そこに深い意味は無いことくらい知っている。
君と話していたあの頃はもう遠い昔なんだから。
「貴方って」
「うん?」
「どうして私の味方でいるの?」
そんなこと
今更聞かれても困るだろう。
「…味方でないなんて、ありえない。私は君の一部でしかないんだ」
その間、吹く風が髪を撫でた。
見下ろすように目を見て、その距離に
「私は君を愛している。会いたくないならそれでいい」
人同士の、男女の仲でもなく
どこよりもまっすぐで、この愛は君に根付いていて
丈夫で、もろくて、何よりも見えづらい。
「…変な人」
ため息をついて目を背ける君。距離はそのまま、ずっとこのまま
近づくこともなく、離れることもない。

君はこの男を知らないだろう。
だからこれでいい。

「消すのなんて、面倒くさいし」

そう言って、君が離れていく。
風が長い髪を巻上げる。
サンドラ。
また私はここで、君の目で、この君の生きる世界を見る。
まだ見ぬ明日をこの魂に書き記すために。

短し夜に、夢見る君と
命でもない異形が交わした言葉はこれからもどこの歴史にも載らない。

この部屋以外は。


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