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マッドパーティードブキュア 1

「こいつはいったいどういう了見だい?」
 女神は目の前の少女を睨み、言った。
 吐瀉物と食べこぼしの染みついたジャージ。顔をしかめたくなるような臭いが漂っている。
 みすぼらしいなりの中眼だけが鋭く、幽かな神性の輝きがきらめいていた。
 彼女は「ドブヶ丘の女神」と呼ばれていた。その素性を知る者はいない。自身の記憶さえ街の粗悪な酒精と乱雑な日々に擦り切れて、曖昧なものになってしまっているのだから。
 その虚ろな目の先にあるのはどろりとした液体に満たされた茶色の瓶。簡素なラベルには「どぶまつり錦」と書かれている。識別名に女神の目がぎらりと光った。
「錦シリーズ。すべて廃棄されたと聞いたが」
「ちょっとした伝手がありましてね」
 瓶を握っているのは一人の少女だった。注意深く女神の手がわずかに届かない距離を保っている。女神が不用意な動きを見せればすぐに手を放す構えだ。慎重な声で女神は尋ねる。
「何が、望みだ?」
「私に力をください」
「力? なんの力さ」
「戦うための力を」
 へえ、と女神の眉が動く。わずかに口角が上がったのを少女は見た。
「何のために使うんだい? そういうタイプじゃないと思ってたけど」
「それがこの取引に関係がありますか?」
「いいや、どうだっていいな」
 瓶を握る手が緩む。女神は少女の言葉を遮る。
「手を出しな」
 女神は少女に手を伸ばす。少女は酒瓶を後ろに隠した。
「別に今更盗みゃしねえよ」
 少女はおずおずと手を伸ばす。その手を女神は包み込むように握った。
「覚えておきなよ」
 目を閉じ、探るように手のひらを撫でる。少女は女神の手からいつもの酒震えが消えているのに気が付いた。
「力には善悪はない」
 だしぬけに女神は目を開けた。振り返り傍らに置かれたズタ袋を漁る。
「ただ、結果には善悪が伴うもんだからね」
 女神の手がズタ袋から現れる。少女は目を見開き、身構える。
 その手が握っていたのは赤錆の浮いた小ぶりな斧。

【つづく】

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