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マッドパーティードブキュア 314

「お前、メンチか?」
「あ?」
 靄の中から返事が返ってくる。警戒心に満ちた低い声。その声に聞き覚えがある。
「俺だよ、マラキイだ」
「は?」
 動揺した声が聞こえる。マラキイは一歩足を踏み出した。靄のなかの人影に近づく。ぼんやりとした輪郭が見えてくる。
「え、お前、マラキイ? なんでこんなところに」
「それは、こっちの台詞だよ。メンチ、珍しいところにいるじゃないか」
 マラキイは動揺を見せないように気をつけながら、さらに一歩踏み出す。どうやら偽物ではないようだ。魔法少女の力で形成した指先を容易に切断できる存在はさほどありふれた存在ではない。その力を持っていてなおかつこれほど愚鈍そうな反応を示す存在はドブヶ丘広しといえども一人しかいないだろう。
「本当に、マラキイなのか?」
 メンチがマラキイに疑り深い目を向けてくる。少し意外な気がする。マラキイの記憶にあるメンチは目の前の事実を疑うことなく受け入れていたから。
「ああ、残念ながらな」
 マラキイは肩をすくめて言葉を続けた。
「他に誰かいないのか?」
「いない。あたし一人だ」
「そうか」
 マラキイは答える。その言葉を聞いて、ため息が漏れるのを呑み込んだ。
 本当はどちらかがもう少し頭の回る人間だったらよかったと思う。ズウラか、セエジか、あるいはあの老婆か。そうすればこの状況を打破する策を思いついていたかもしれない。
 それでも、とマラキイがひそかに漏らしたため息は失望のため息ではなかった。靄のなかで一人、獣たちとともに事態を見守るよりは、見知った顔が近くにいた方がはるかにましだった。緩みそうになる口角を意識して引き下げる。
「なんでこんなところに?」
 マラキイはごまかすように尋ねた。メンチが何か策を考えられるとは思えない。状況をどうにかするにはマラキイが手を考える必要があるだろう。そのためにはメンチの状況を知っておく必要があるように思えた。
 メンチが口を開く。

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