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マッドパーティードブキュア 136

「女神様のせいじゃないさ」
 振り返らずに、テツノはつぶやく。獣はゴリゴリと家を削っていく。この物陰ももう見つかってしまうだろう。獣が致命的な距離に来る前に
「こっちだよ! デカブツ!」
 テツノは叫んで駆け出した。壁に空いた大きな穴を抜けて、群れの通りに。頭上に獣の唸り声が聞こえる。射抜くような真っ直ぐな視線も。その響きと圧力に体が震える。萎えそうになる両足に力を込めて、走り続ける。地響きが聞こえる。走りながら、肩越しに振り返る。恐ろしく大きな獣が後を追ってくる。
 通り沿いの家の窓から、悲鳴のざわめきが聞こえる。耳の奥に、高いざわめきが蘇る。影の女が残したざわめきの悲鳴。もしも、自分に戦う力があれば結果は違ったのだろうか。こうして逃げ惑う必要もなかったのだろうか。
 余計な思考を振り払う。走ることに意識を集中する。少しでも、速く。少しでも、長く。そうすればそうしただけ長く生き延びられる。
 獣は体の大きさを活かしてテツノを追いかけてくる。次第に足音が大きくなる。テツノは通りの角を曲がり、家と家の隙間に飛び込む。獣は気にせず、家を砕いて追いかけてくる。それでも少しは時間稼ぎになるだろうか。家の持ち主には申し訳ないとは思う。方向はあっているはずだ。
 息が苦しい。体が暑い。足がもげそうな程痛い。もう少し、もう少しだけ。自分に言い聞かせながら走る。足音はどんどん近くなる。もう獣の息遣いを背中に感じるような気がする。狭い路地が終わる。
 広場に転がり出る。
「テツノ?」
 広場にいたメンチがテツノの姿をみとめて首を傾げる。その足元では直線の獣の遺体が宙に消え去ろうとしている。あっていた。テツノは息を切らして言う。
「メンチ、もう一体いた」
「なに!?」
 轟音とともに、路地の入り口の建物が爆ぜる。
「ぐまぼおおお!」
 苛立ちに満ちた声で、獣が叫ぶ。
「メンチさん。対処を!」
 物陰に隠れていた影の男が叫んだ。

【つづく】

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