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電波鉄道の夜 2

【承前】

 当然、僕は「どうぞ」とおずおずと頷いた。
 女の子は「そっか」と笑って向かいの席に腰をおろす。そのまま何も言わないで窓の外を向く。
「モネ……さん?」
 澄ました横顔に声をかける。女の子は片目だけで僕を見て、しーっと唇に指をあてた。
「だぁっしゃりゃす。しまぁだにごちゅっだつぁい」
 祝詞が聞こえて、電車が動き出した。狭い座席、膝が触れそうになる。剥き出しの膝は眩しいくらいの白。
 本物だろうか? と疑問に思う。いつも頭の中にいるモネ。頭の中にいた通りのモネ。頭の外にどうしている?
「あの光はなあに?」
 女の子は窓の外を指さして尋ねた。深夜の街は真っ暗で、汚れた窓ガラスに作り物のような整った顔が写っている。指の先には遠く炎が輝いていた。
「きっと倉庫かお店が焼かれているんだよ」
「へえ」
 興味深そうに女の子は頷く。光はすごい勢いで後ろに消え去っていく。
「あ、また」
 今日はいつもより焼き討ちが多いのだろうか、色々なところで火の手が上がっている。
「お星さまみたい」
 女の子は窓の外を見たままそう言う。星空というのがあると店長に聞いたことがあった。僕は見たことがない。空はいつも曇天で、今も火から上がる煙を飲み込んだ黒い雲が空を覆っていた。
 風が吹いて煙が一条こちらになびいてきた。窓に煙がまとわりつく。
 こんこん、と窓を叩く音がした。隣の座席の窓だ。声が聞こえた。
「開けてもらえませんか?」
 濁った声。暗い煙の中、姿は見えない。
 どうする? と女の子がこちらを見る。困って首をかしげる。相手の願いを聞くことは良い結果をもたらさない。素性も姿もわからない相手ならなおのことだ。
「ねえ、お願いです。草臥れてしまったんです」
 声は言う。
「ねえ、開けてあげよう」
 僕は首をふる。けれども女の子は席を立ち、隣の窓を開けた。
 とたんに電車の中に煙が立ち込めた。
「あ、」
 霞む視界の中、女の子が黒い煙に巻かれるのが見えた。

【続く】


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