マッドパーティードブキュア 22
「それで、あいつは逃がしちまったんですか?」
「ああ、悪いかよ」
ベッドのわきの粗末なパイプ椅子に胡坐をかきながら、少女は頬を膨らませた。街の外なら中学校にでも行っているだろう年齢の少女だ。
しかし彼女がいるのは学校の教室や医務室ではない。薄汚れた廃ビルの一室。錆びついた廃材を組み合わせて作ったベッドの前だ。
ここはカツラザキ診療所。ドブヶ丘では珍しくそれなりに信頼のおける闇診療所の一つだ。
「まあ、マラキイが逃がしたんなら、他にどうしようもなかったってことなんでしょうよ」
「うるせえ」
ベッドの上の男、ズウラの慰めに、少女はそっぽを向いて吐き捨てた。
マラキイ? 少女は確かにそう呼ばれた。その名は少し前までこのあたりをしめていた男の名のはずだ。
「折角元に戻る手がかりが手に入りそうだったのに」
少女、マラキイは忌々しげに吐き捨てる。先日の混沌獣退治は失敗に終わった。獣自体は撃退できたものの、肝心の操り手、ラゲドは取り逃してしまったのだ。
「まあ、根気よくやっていくしかねえですよ。俺もこの傷が治れば手伝えますし」
「ああ」
「女神さんも目を覚ませば、何か話してくれるかもしれませんし」
ズウラは隣のベッドに目をやった。視線の先には女神がいた。目をつむり、苦しげに息をしている。ときおり夢の中で何かに追われるようにばたばたともがいている。
「先生の話しじゃあ、体にはでかいケガとかはないってことでしたけど」
「ああ、だが、あの格好はなんかあったってことだろう?」
マラキイも女神に視線をやり、眉間にしわを寄せた。女神は以前に見た時とはずいぶんと違った姿をしていた。
マラキイの記憶にある女神は年齢不詳ながら外見上は成人女性の肉体を持っていた。しかし、今ベッドの上で眠っている女神は明らかに異なる。
「若返りの秘法なんて試すタイプじゃないだろうしな」
ため息をついて首を振る。その女神は幼い少女の姿をしていた。
【つづく】
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