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マッドパーティードブキュア 2

「これは?」
 慎重に少女は斧を手に取った。ずっしりとした確かな重み。
「さあね」
「さあねって」
「それがあんたの力だってことさ」
「私の力?」
 少女は斧の表面を撫でる。吸い付くようなしっとりとした感触は赤錆の手触りか。
「それをなにに使うつもりだい?」
「またその質問かい?」
 女神はいつの間にか手に握りこんでいた酒瓶を撫でながら首を振った。
「責任を負いたくはないからね」
「じゃあ、聞かない方がいいんじゃないですか」
「契約みたいなもんだよ。別に言いたくないなら言わなくていい」
 それほど熱心に追及することもなく、女神はズタ袋の中を探る。女神の顔から眼をそらし、少女はあたりを見渡す。生活臭の漂う橋の下。ズタ袋のほかにぼろきれやら空き瓶やらが転がっている。
 かしいだ柱の橋の下。ここは女神の棲家の一つだった。この辺りは鉋突組のシマのはずだけれども、女神が居座っていることにあやをつける者は不思議といなかった。彼女のいる場所はある意味で文字通り聖域として扱われているのだ。
 ふっと、影が差した。曇天から鈍く差し込み、橋の下を照らしていた陽光が遮られる。
「どちらさんだい?」
 女神が声をかける。
 少女は不思議に思った。陽光が遮られた橋の下、薄暗さが増すはずなのに奇妙に明るいように感じられた。
 顔を上げる。
 橋と河原の境に一人の男が立っていた。
 まっすぐな男だった。比喩ではない。背筋、輪郭、髪型。いずれも定規を当てたかのように直線で構成された男だった。
 その顔にはやはり几帳面な笑顔が張り付けられている。均整の取れた輝くような笑顔だった。
「あなたがドブヶ丘の女神さまですね」
 男の声が橋の下に響く。こだまは反響して女神と少女の耳に優美に流れ込む。
「あんたは、どちらさんだい」
 女神はもう一度訪ねた。男はわずかに眉を上げた。その表情さえも優美なものだった。
「申し遅れました。わたくしは正黄金律協会からまいった者です」

【つづく】

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