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マッドパーティードブキュア 4

 言葉だけを残して、女神は姿を消した。
「じゃあ、行きましょうか」
 男は女神を吞み込んだ生きた箱に声を駆ける。箱は頷いて男の後に続いて、橋の下を出た。
「おい」
 少女が男の背に呼び掛けた。女神に投げ捨てられ、地面に転がったまま。男は初めて少女を認識したかのようにくるりと振り向いた。コンパスのようにまっすぐな軸を保った振り返り方だった。
「ああ、そこにいたのですね。ご苦労様でした」
「んなことはどうでもいい。お代は置いてきな」
「ああ」
 男は少女の言葉を聞いてようやく思い出したように、頷くと懐に手をやった。少女はゆっくりと起き上がり注意深く男の動きを見つめる。
「このくらいでよいですかね」
 男は懐から手を出すと、ほいと少女に何かを放り投げた。少女は手の中に飛び込んできた重みを受け取った。
 手を開く。重みは小さな金属塊だった。なんの変哲もない金属。そのくせ嫌に目を引く勤続。精密な直線で構成された立方体。表面には細かな直線が刻まれている。部分と全体が一致する幾何模様。
「たしかに」
 少女は金属塊を確かめてから、ポケットにしまい込んだ。
「対価は契約の通りにお支払いしますよ。お仕事はしていただきましたから」
 男は少女の仕草を見守りながらふと口を開いた。
「もしや心苦しいことをさせましたか?」
「まさか」
 少女の眉がひょいとあがる。
「お代をもらえるならこんなことは大したことじゃないさ」
「そうですか。それなら私も安心です」
 少女は平然とした言葉に男は平坦な笑顔で答えた。
「そいつだって、今頃自分が間抜けだったとおもってるだろうさ」
「まさか! この中では何も考えられやしないですよ」
 少女が箱を指さすと男はあきれたように答えた。
「私は行きますね。またの取引期待していますよ」
 男は笑顔のまま少女に背を向けた。その後ろをのたのたと箱が追う。
「どうだろうね」
 少女は小さく呟いた。背後にギュッと赤錆の斧を握りしめながら。

【つづく】

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