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マッドパーティードブキュア 34

「今のは?」
「なんでもないですよ。ちょっと、お話をしただけです」
 メンチの問いにセエジは笑って返した。イェ村の様子をうかがう。なにやら、ほくほくとした笑顔で契約書を用意している。触手の一本が机の下に何かをしまい込むのが見えた。何か、美しい立体。
 そういえば、セエジが持って行った文鎮はどこに行ったのだろう。
「それじゃあ、契約者様はどなたに?」
 メンチの思考はイェ村の言葉に遮られた。契約書を読むのに、余計なことは考えていられない。

◆◆◆

「いくつかルールは決めておこうか」
 寝息を立てるズウラたちを新居の床にそっと置き、マラキイは転がっている酒箱に腰掛けた。
 案内された物件は夜逃げした酒場の廃墟だった。机やらスツールやらが取り残され、そこらに転がっている。どうして孫転地区に酒場をたてようなどと考えたのだろう。酒を飲もうとする存在なんていないだろうに。
「そんなに決めることなんて何もない」
 メンチはひびの入ったカウンターの天板に腰掛けて答えた。
「私らとあんたはたまたま、この物件を一緒に借りてるだけ。自分のことは自分でしろ。私もそうする」
「ん、別に異論はないぜ。俺たちはホールをもらっていいかい? 二人いるから広めのとこが欲しい」
「じゃあ、私らは厨房を使う」
「僕はそっちの倉庫をもらいますね」
 口を挟んだのはセエジだった。地下につながる階段の下、一番奥に位置する倉庫は、この物件で最も安全な部屋だ。メンチは反論しようとして、やめた。
「まあ、いいや。狭いしな」
 先ほど見たところ、さほど広い部屋ではなかった。棚も取り残されていて、二人以上の人間が生活するには不便そうに見えた。
 それに、とメンチは考える。この物件を借りるのに、一つ借りを作ってしまった。ここ要望を聞いて、返しておくのは悪くない。
「俺もかまわないよ」
 マラキイも頷く。
「それじゃあ、みんな、よろしく」
 セエジは微笑むと、手を差し出した。

【つづく】

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