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マッドパーティードブキュア 28

 マラキイは拳を獣の脇腹に叩きつける。浅い。身体が重い。反撃が来る。躱せない。吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
 奇妙だった。効く筈の攻撃を効かせらえず、躱せる筈の攻撃を躱せない。立ち上がる。この診療所の庭はこんなこぎれいだったか? 思考が散らばる。獣が迫る。ここまでか。
「があおお」
 突然、獣が悲鳴を上げた。目を凝らす。獣の額に斧が突き刺さっている。
「一つ貸しだからな」
 メンチが地面に降り立った。獣に肉薄する。斧を抜き取り、獣を踏みつけ跳躍。追撃をくらわそうと振りかぶる。
「危ない!」
 マラキイが叫ぶ。メンチは斧を振り下ろすのをやめ、身をよじって着地。メンチのいた場所を獣の腕が薙ぎ払う。
「なんあ?」
 メンチが驚きの声を上げる。見えていなかったようだ。あれほど大ぶりな攻撃を? マラキイは息を吐き、吸う。ツンとした臭気が鼻をつく。獣を睨む。獣を構成するのはメスと注射針。まさか。
「おい、メンチ、だったか」
「なんらよ」
「その斧で俺を切れ」
「は?」
「いいから」
 マラキイの剣幕に、メンチは思わず差し出された右腕を切りつけた。
「ぐ」
 マラキイは呻き声を上げる。だが、その痛みが思考にかかる霞を晴らす。自分の足がよたついているのを感じる。感じられる。やはり麻酔か。ならば。獣に殴りかかる。よろめきを認識して、利用して、獣の攻撃を躱し、脇腹に潜り込む。一撃。
 奇妙な感触。手刀が獣の脇腹を突き抜ける。境界が曖昧になる。
「ぐが? ぐあああ!」
 獣が戸惑いの声を上げる。マラキイはぼやける頭で自分の輪郭を必死にとらえる。一瞬の間。
 獣は境界を失い四散した。
「こんとぉぉぉん!」
 気が付くと、診療所の荒れ果てた庭が戻ってきていた。思考が次第にクリアになっていく。
「やったのか?」
「ああ、おかげでなんとかな」
「少し、話し合う必要がありそうだな」
「ああ、そうだな」
 メンチを引き起こしながら、マラキイは笑って答えた。

【つづく】

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