入門者と文学少女

タン、タタン
腕を振るえばリボンが踊る。
リズムにのって加速する。

水を裂くように滑らかに、リボンは■の顔を切断した。
誰だったろう? わからない。

意味なんてない。言葉の追い付かない世界。
思いは光より少し遅いが、声よりもずっと速い。

速くなる速くなる。
▲があげる悲鳴を置き去りにして、×と□が泣き別れ。

回れ回れ、もっと速く。

次は何を切り裂こう?  ◇か●か△か?
そんな区別のない世界、今日はなんだか行ける気がする。

「旦那様」

ふと、声が聞こえた。誰の声? キャリバンだ。その声はたちまち私に追い付く。世界は勢いを失い、急速に意味を取り戻していく。私の指が、手が、腕が、体が意味に戻っていく。

思いの世界はうつろい、世界は言葉に切り分けられる。床と天井が分かれて壁ができる。壁は四方に区切られ、そのうちの一つには切れ目。そう、あれは扉だ。ここは白くて清潔な病室。扉が開いてキャリバンが部屋に入ってくる。魚の顔に、ガラスの目玉。


「おいたわしや旦那様」

重い重い
言葉に捉えられた体は重力に纏わりつかれ、地面に崩れ落ちる。
キャリバンの頑丈な腕がのろのろと私を車イスに乗せる。
辺りに散らばった男と女(ああ、そうだ。彼らは医者と看護婦だ)をちらりと見るとキャリバンは一つため息をついた。

「そうだ、今日はお友達を持ってきたのですよ」

キャリバンが扉に向かって手招きをする。ゆったりと一人の少女が現れる。真新しい紙のように白い肌、インクのようにくっきりとした長い黒髪、少し垂れた目が黒縁のメガネからこちらを見つめている。

「はじめまして、柔五郎さん。フライデイです。よろしくお願いします」

少女が口を開く。文字のような声。彼女自身がまるで言葉でできているかのような声だった。

「きみは……」

重たい舌をなんとか動かして、言葉を紡ぐ。この世界は本当に重苦しくてまどろっこしい。

「ええ、そうですよ。旦那様。フライデイさんはね、文学少女なんです」

【続く】




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