マッドパーティードブキュア 31
「なるほど、安全な家を隠れ家を探していると」
ルドラー不動産の従業員、イェ村はにっこりと笑って微笑んだ。不思議と魅力的に見える笑顔だった。顎下に大量の触手が蠢いているというのに。
「なにかいい物件はありますか?」
「ちなみに、ご予算はどのくらいでご検討中ですか?」
イェ村の問いに、メンチとマラキイは目線を合わせ顔をしかめる。見えないように机の下でいくらか指を曲げたり伸ばしたりしてやり取りをしてから
「まあ、月ドブ券100くらいで何とかなると助かるんですけれど」
「ドブ券100枚ですか」
イェ村は長い腕を組み合わせて唸った。
「秘匿性が高まると、どうしても家賃の方も上がってきちゃうんですよね」
「設備はそんなに気にしなくていいんだ」
そうですね、とイェ村は棚に触手を伸ばし、重々しい装丁のファイルをめくった。
「じゃあ、この辺りかな」
机の上でファイルが開かれる。資料をのぞき込んでマラキイは頷いた。
「いいじゃないですか。これだけの広さあれば、みんな寝かせても何とかなる」
「孫転地区なんでほとんど人も通らないですね」
「それで、この家賃ってことはなにかあったりします?」
マラキイが尋ねる。磁場や時空の歪みが頻繁に発生するこの街で不動産を借りる際は事故現象の有無の確認は必須だ。
「や、全然そんなたいしたことはないですよ。前の住人さんはちゃんと無事に暮らして引っ越されてますし」
「その前は?」
「いなくなりました」
イェ村は少し目をそらす。事故物件ロンダリングだ。
「どこに?」
「さあ? 借金でもあったんじゃないですかね」
「追っ手が来たりとかしました?」
「まさか!」
イェ村は大げさに驚いて見せる。
「孫転地区ですよ。わざわざあそこに行く人なんていないですよ」
はっはっはとひとしきり大笑いした後で、にこりと眼光鋭く笑って身を乗り出した。のちゃりと、机の上に触手の粘液がしたたった。
「それで、家賃と手数料のお話ですが」
【つづく】
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