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230314 いざ!産婦人科

昨晩も疲れてしまったので翌日更新。
昨日は朝からずっとそわそわしていた。2週間前から予約していた産婦人科に行く日なのである。
市販の妊娠検査薬を使ってから2週間、予約取れなさすぎやろがい!という感じなのだが実際あっという間に日々が過ぎて行った。
予約時刻は18時だったため、日中は仕事しながら会議に出席しながら、どこか集中し切れなかった。
もし、妊娠してなかったらどうしよう。もし、体外受精していたらどうしよう。
ヒトというのは、考えても仕方ないことを考えるものである。あれこれ考える中で、何がどうなってもポジティブな発想になれない自分に気づき切なくなる。昨年流産してしまったことが後を引いているのだ。
昨年は夫婦共々悲しみに暮れ、人生においてこんなに悲しいことがあるのかと初めての経験に涙涙の日々だった。裏を返せばそれまで恵まれて生きてきたということでもあるけれども、それにしても辛かった。子育てということを具体的に考えられておらず、正直思いがけない妊娠だったのだが、宿った命を尊く思え始めた矢先のことだった。あの出来事をきっかけに、子どもを持つ、育てる、家族が増えることがやっと明確になり、結果的に二人とも子どもが欲しいな、と思えるようになった。その一因を与えてくれた意味では、感謝すべきかもしれない。(それにしても誰にも経験してほしくないと思う)
そんなわけで、基本すべてが後ろ向きである。
落ち着かない中仕事をどうにかこなし、遂に18時間近となった。待合でしばらく待った後、いよいよ超音波検査となったとき、私の心臓はドクドクと大きな音を立てていた。そんなに緊張しているのかと自分のことながら驚く。そんな気持ちは露知らず、サクサクと検査は進み、結果は「おめでたですね」だった。
妊娠、していたらしい!
うおー!と興奮する気持ちがぴょっと脳内に現れたが、すぐにどこかへ引っ込んだ。というのも、心拍確認ができなかったのだ。
通常、妊娠6週目~8週目あたりでの心拍確認ができるはずなのだが、できなかった。ちなみに昨日は6週目に入ったところ。なんとも微妙なタイミングである。
脳内に流産の二文字が駆け巡り、決して期待すまい、と自戒する。のだが、この後ろ向き思考、自分を守るためとはいえやるせなくなる。せっかく妊娠が発覚したのに、その瞬間くらいやったー!と喜ぶべきではないか。それよりもまず心拍確認ができなかった方に目を向けてしまう自分に嫌気がさすが、そうなってしまったことに自分で自分に同情したくもなる。何もかも予定通りであれば、こんな心配があることもいちいち気にしなくてよかっただろうに。

新型コロナウイルスの対策は継続されていたため、夫は車で待機していた。妊娠していたよ、という報告をすると、そっか、よかった。と喜んだものの表情がいまいち掴めず、心拍確認の件など共有する。
しばらくして、喜ばしいことなのに喜べないことを相言うと、喜ばないと!と力強く返されたので、顔に出ていなかっただけで思ったより喜んでいたのだなと安心した。彼も彼で、昨年の出来事が尾を引いているのだ。自身の体に変化が起こらない分、分からない・見えないことへの恐怖も一入だろう。

妊娠しているかを心配していたのに、今度は生きているかの心配である。
これを繰り返していくのが妊娠なんだよなあ、と未知の領域に一歩踏み入れた実感が湧いた。また2週間後、そわそわしながら過ごすしかない。
四六時中検索しまくったり、そんな過度な心配は控えるようにしよう。

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