#3 岩間 幹雄 | 木彫り
空港を出ると牛のにおいがした。
あぁ、そうか。
北海道に来たのだなとにおいが知らせてくれた。
広い大地を持つ北海道には数々の特産品があるが、代表する手仕事に木彫りの熊がある。
大正12年。
一説には、当時徳川家当主の徳川義親が八雲村(現二海郡八雲町)で農民や付近のアイヌ民族の人たちに冬の間の収入源として熊の木彫りの生産を勧めたのが北海道の木彫り文化のはじまり、とある。
その後、昭和に入り旭川市に暮らすアイヌの松井梅太郎が木彫り熊をつくったことをきっかけに旭川市でも熊を彫る人が増えた。全盛期は1000人までになったらしい。
(現在、彫る人は旭川市内で10人ほど。彫るものも熊だけではなくフクロウやコロポックルなど多種多様。)
そんな旭川の土地で、親子二代で木彫り工房を営む職人がいる。
屋号は、工房がんま。
苗字の岩間(いわま)をとって、がんまさん。
親しみを込めてほとんどの人がそう呼ぶ。
元々、民藝品店に勤めていたという一代目の次雄さん。
そこで民藝品の営業や販売を経て、本当にやりたかった木彫りの世界に飛び込み1970年に工房がんまを開業した。
父の背中を見て、息子の幹雄さんも木彫りの仕事をするが、違う世界も見てみたいと平行して百貨店の催事屋の仕事もやった。
そんな生活を何年かするうちに、自分に一番合っているのはやっぱり木彫りだと納得し、木彫り一本で活動することにした。
この記事では、二代目の岩間 幹雄さん(以下、がんまさん)にスポットを当てる。
山の中へ
旭川に着くと、お知り合いの山を案内してもらった。
まずは、コクワの実を発見。
例年ならば、この時期たっぷりと実が生るコクワだが、このときは数粒しかなかった。
ミズナラやコナラの木の下にもどんぐりがほとんど見当たらない。ヤマグルミやヤマブドウも不作で、見つけた一粒を食べてみたら乾燥していてボロボロと崩れた。
(ちなみに山形県の一部では今年はクルミが豊作だそう。)
「今年は夏の終わり頃、とんでもなく暑い日が一週間くらいあったんだ。」とがんまさん。
今季ひときわ多い、クマが人を襲うニュースは、この木の実不足も影響しているのかもしれないな。
人を襲ったクマを憎むよりも、冬眠前の彼らや彼らの子どもたちのため、食糧をさがしてもさがしても見つからずに、お腹を空かせるクマの姿が頭に浮かび、何とも言えない気持ちになった。
その他にも角が立派なエゾシカやつぶらな瞳のシマリスにも出会った。
至る所に大きなうんちやころころしたうんち。
無論、全ての姿を見ることはできなかったが、想像を遥かに超える動植物たちがこの山で暮らしている光景が、頭の中いっぱいにひろがった。
人がつくった枠の外
工房に戻り、わたしも木を彫らせてもらった。
職人ならば簡単にできる作業が、いざやってみるととてもむずかしい。
あまりにもヘンテコなのが出来上がったので「仕上げをしてください。」とお願いして何刀か入れてもらった。
すこしあとに
「がんばって彫ったあとがなくなっちゃうから、本当は仕上げの彫りはしたくなかったんだ。」
と一言。
優れているものと劣っているもの。
優秀な人とそうではない人。
じょうずとへた。
優劣、順位で、善し悪しが評価されるような人間がつくった基準の中で、居心地の悪さを感じている人も少なくないだろう。
でもこの社会が、人の基準で評価する枠の中にあるならば、その中で必死にもがき、優れた自分であることにしがみつかなければならないときもある。
一方がんまさんは、ヒトがつくった枠組みの外にいるようにみえる。
自分の心が感じたかわいいもの、美しいもの、尊いものに出会ったことそのものをまっすぐによろこび、目の前の存在をただ愛おしむことのできる人だ。
社会が評価する技術とか伝統工芸師や職人というネームバリューは優に飛び越えたところで生きているのだな。
そんな感覚さえある。
まっすぐで、あたたかな感情と木が静かに重ねてきた年輪とが混ざり合いうまれた木彫りの数々。
穏やかな表情をする彼らは、この人にしかみえない世界が、目に見えるようにこの世に表れたひとつのかたちなのだとおもう。
旭川市を一望する「カバ」
先日、工房がんまに大きな依頼が舞い込んだ。
建物を新しくし、11月に開所した旭川市役所の9階に置かれるカバのベンチの制作だ。
訊けば、旭川市に住む子どもたちから絵を募集した中のひとつに小学生の男の子が描いたカバのベンチがあり、採用された。
旭川市から数々の協会を伝い、工房がんまに制作の依頼が来たのだという。
実は、彫る動物もクマ1体、カバ1体、アザラシ2体があった。
他の工房や会社とのくじ引きの末、カバを引き当てたのだから、カバと工房がんまとのご縁ははかりしれない。
いつまでもどこまでものびのびと、
ただそこに在って欲しい。
令和5年 大雪山冠雪の頃
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