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『同じ毎日』と思ってる癖

2ヶ月ぶりの更新。
ネタがなかったのだ。
毎日同じ暮らしをしているので新しいこと、変わったことがない。だから書くネタがないのだ。

この手の雑感系のブログではよくあることである。弾が切れたり繁忙期とかで、一時的に思いを巡らせたり執筆更新する習慣が切れて放置してしまい、そのまま最終更新日が数年前というブログはよく見かける。
そう、ここも例に漏れずそうなりかけている。
一応、なんとかしたいなぁという気持ちもあり、『同じ日常でネタがない』状況にどう対処すればいいか考えてみた。
よくある対処は次の2つだと思う

ひとつは
『同じ日常を変えるために、意図的に変化を持たせてみよう!』
いつもと違う道を通るとか、知らない店に立ちよるとか、新しい趣味をやってみるとか
これは同じ日常という『事実』に対する対処。いわばイベントの強化

もう一つは、
『意識すると変化はたくさんある。その小さな違いに目を向けていこう』
同じ日常というのはある種思い込みで、実は大小さまざまな変化に満ちている、それを拾っていこうという考え。
これは同じ日常という『意識』に対する対処。要は感度の強化。

いずれにしてもこれらは『同じ日常』に対してどちらかというと否定的な視点、変化を良しとする視点での話をしているように思う。

じゃあ「同じ日常」をまずは肯定的にとらえてみたらどうだろう。
昨日とまったく同じ一日を過ごしたとき、本当に自分の中でそれがネガティブなものになるのか。意外と快適かもしれない
そして全く同じ日常に試みようとしても、発生イベント、考えや発想の違いはどうしても生じるものだろうか、だとしたらそれはどんなものか。
嫌でも感じることができるかもしれない。
昨日と異なるイベントをゼロにしようとすることで、結果的に感度を最大限上げる作戦だ。

手始めに2日間だ。まずはベースとなる日常を過ごし、その中で自分が何をしたかの記録をしよう。
起床時間から始まり、家を出る時間。昼ご飯のメニュー。雑談をした人とその内容。
通勤路や出社と退社時刻。休憩時間の過ごし方、聞いた音楽などなど。全部記録しとく。
そしてその翌日は上記事項について極力同じく過ごす。ロボットのように。
意図的に変化をなくすことで逆に、イベントや小さい変化をはじめ、考えの違いについて感度が高くなるのではないだろうか。
これはワクワクする。
さぁやってみよう!

・・・



と思ったら雪。
大雪。
状況がイレギュラーすぎて普通に過ごしていても日常とかけ離れてしまう。
というわけで、この試行。雪解けしたらね。

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