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書評・読書メモ:医学書院『病院』 特集「ステークホルダーマネジメントとしての病院」2018年2月刊

これまでにも病院広報を論じる書籍はありました。多くは執筆者の活動や事例をまとめたハウツーを披露する、あるいは広報に取り組む上での信念や心構えを記したエッセー風でした。これはこれで現場の実践的なヒントや手がかりとして有用ですし、ユニークな知見を得られる点で有用です。

一方で、事実ベースであったり属人的であったり「その病院だから、その人だからそれが成立したのだろう、成功したのだろう」という、再現性や一般化という点で頼りない側面がありました。あるいは広報と題しつつも、実態はAIDMAや4P・4Cなどマーケティングモデルを援用するなど、本来の広報(パブリック・リレーション)の考え方やフレームワーク、「広報を学問的・体系的」に整理した病院広報論の書籍はないのではないでしょうか。

なぜ「病院広報論」が必要なのか。
たとえば「ある病院でインフルエンサー・マーケティングを活用して良い結果を残した」というレポートがあったとして、急性期・慢性期、都市圏・過疎地、専門病院・総合病院、民間病院・公立病院・大学病院のどのシチュエーションでもそれが通用するのかという検証なしでは、自分が納得し、組織の内部で必要性を説いて活動の合意(予算)を得るのは難しいのではと思います。
そこで「広報とはこういうもので、こういった活動が必要なのです」という説明ができるよう、普遍的なロジックや考え方を身につける手段として、広報の基礎を知っておくべきだろうと思っています。

前段長くなりましたが、ここでご紹介する「月刊 病院 2018年2月号『ステークホルダーマネジメントとしての病院』」は、硬派な3編の病院広報概論、8つの事例記事、対談で構成され、病院広報の考え方や現在位置、実際の活動事例を学べる貴重な情報源です。雑誌の特集ではありますが、病院広報を知る最初と一歩として手堅い内容と考えます。
なお発刊時期がコロナ禍以前ため、過剰に社会変化への適応を迫る昨今の論調とは異なり、基本・王道の論旨で展開されています。

以下、特集の内容をまとめます。

特集:巻頭言

城西大学経営学部教授 伊関氏の寄稿です。「人々(ステークホルダー)には簡単に情報が伝わるわけではなく、伝えるための情報技術が必要」と述べています。技術を持たずして、広報で情報を伝えたい人(オーディエンス)との関係性を構築して存続することも、それをマネジメントにすることもできないという指摘です。

対談(雑誌巻頭)

特集とは別に巻頭には、東北大学病院の病院長(当時) 八重樫氏と伊関氏の対談があります。「地域医療を支える病院のコミュニケーション」と題され、東北大学病院の広報活動について述べています。
同院の広報室は事務部門の一部ではなく、病院長直属の組織です。組織トップや病院組織の意志・意図を内外に伝えるということを考えると、数階層下で他部署との軋轢があれば広報部門は言いたいことも言えません。上部組織の影響を受けない布陣に心強さを感じます。事務組織との連携は必要だとした上で、独立性のある活動できる体制が大切と読み取れました。

また、環境変化により、大学病院といえどもリクルーティングで優越性を保てない時代となり、学生・求職者とのコミュニケーションの重要性が高まったと捉えているようです。
医療提供体制においても、大学病院とはいえ診療リソースは無限ではなく、ベッド数もスタッフ数にも限りがあります。かかりつけ医など地域の医療機関で診るべき傷病、専門性が高いものは大学病院が引き受けるといった医療分業が大切だとし、大学病院のリソースはたとえば研究や人材育成に割くなど、役割の応じた動きを全うする視点でも、病院広報による組織の舵取りは欠かせないとしています。

〈論考1〉病院における広報の役割 / ステークホルダーとつながるコミュニケーションの技術

城西大学経営学部 伊関友伸

この論述では広報学の教科書的な存在である『体系パブリック・リレーションズ』をベースに「病院における広報とは」が記されています。この『体型パブリック・リレーションズ』は600ページ近くある大著で、内容も専門的なので初学者が一人で通読するのは難しいと思います。
このあとに続く2編含めて学問的な視点から病院広報を述べているという点で、この特集号が有益であると考える大きな理由のひとつです。

この論考の概略をここに記したいところではありますが、それはすなわち病院広報の概説ということになり、この場で語るにはおおよそ手にあまるため、別の機会に譲りたいと思います。

一点、有益な論説ではあるのですが、広報の概念を狭く捉えられる危惧があるため、僭越ながら指摘します。
「組織のコミュニケーションはどうあるべきか」という問いに対して、社会学者 G.H. ミードの「社会的自我論」を引用して、コミュニケーションの構造を整理しています。「意味のあるシンボル(有意味シンボル)」という概念に話が及んでいるものの、そこを起点にコミュニケーションの問題を解決することもなく、「伝える技術が必要だ」という凡用な結論に至っています。

ここで述べているのは巻頭言にあった「コミュニケーションの難しさ」で、情報発信者の意図が100%受信者に伝わるということはなく、そこにはさまざまな要素があって、情報が劣化したり欠損して受信者が理解するというプロセスを説明しています。この点に関しては同意しますし、大事な観点です。

ここで気になるのは、情報(シンボル)が届くことを前提とした論旨展開です。『体系パブリック・リレーションズ』でも説かれているように、多用なメディアから大量の情報が発信される社会において、ステークホルダーに情報を届けることは難しくなりました。よって、シンボルが届かない/届きにくい世界である点にも触れた上で、受信者の受容態度や解釈も加わるので、メッセージを伝えるのは難しいというリアルさがあるべきです。
実際、これに続く事例レポートにおいてもシンボルの解釈よりも「(広い意味での)メディアをどう活用したか」という視点がかかせません。

〈論考2〉医療機関に求められるパブリックリレーションズ(PR)とは

株式会社井之上パブリックリレーションズ 代表取締役会長 井之上喬

井之上氏は日本で最初にPR研究で博士号を授与された人物として知られています。また、パブリック・リレーションに関する書籍、京都大学大学院の特命教授でもあり非常にアカデミックな存在でもあります。こちらの論述は同氏著書『パブリックリレーションズ 第2版 戦略広報を実現するリレーションシップマネージメント』でより詳細を知ることができますが、この論考では病院組織視点での広報である点で有益です。

「病院を取り巻く多様なターゲット(ステークホルダー)」とキャプションがつく下記の概念図は、病院広報をする上で、常に考えるべきものだと思います。同じものがウェブで公開されていますので紹介しておきます。

https://www.inoue-pr.com/news/media/702/

井之上氏の広報論では「倫理観」の必要性を強調しています。特に病院・医療のおける医療倫理や遵法意識と重なりますので、非常に受け入れられやすいのではと思います。

もう1つキーワードとして「双方向性コミュニケーション」を挙げています。これは広報の中で最重要の概念です。この論説で医師と患者の関係構築におけるインフォームド・コンセントに近いのではないかと主張します。

私見ながらこれに付け加えます。広報はrelationに主眼がありますが、インフォームド・コンセントはdecisionが焦点と思われ、特に臨床場面での意思決定は非常の重い関係性の構築でもありますので、ここで広報との類似性を持ち出すのはやや軽率な印象もあります。広報やマーケティング領域においてはCo-Creationとの関連がより適切と考えます。

3つ目のキーワード「自己修正」は井之上氏が提唱する考え方で、広く一般的に浸透しているコンセプトではありません。
そもそも組織は良い行いを志向すべきで、広報においては情報発信によって起きる変化に責任を持ち、オーディエンスからの情報を聞いて、組織体の次のアクションに結び付けていく。そこから更に新しい情報を発信していくという連鎖によって次第に理想へと近づくというモデルで、その改善の繰り返しが組織のブランド確立に非常に重要であるという考え方です。
倫理観を基軸にした広報活動のPDCAといってもよいかもしれません。「PRライフサイクルモデル」として以下に詳細があります。

主なリレーションとターゲット(一部加筆)

パブリックリレーションズというのは病院(組織体)が各ステークホルダーと築く関係の総称と整理しています(下記リスト)。本項最初に紹介したステークホルダーに対応する関係構築や活動と考えるとよいでしょう。

  • メディア・リレーションズ(マスメディア)

  • インベスター・リレーションズ(株主・投資家)

  • ガバメント・リレーションズ(政府・自治体・議員)

  • エンプロイー・リレーションズ(病院職員とその家族・労組・内定者)=院内広報

  • コミュニティ・リレーションズ(地域社会・一般社会)

  • カスタマー・リレーションズ(潜在層を含む患者とその家族・健診利用者・病診介薬連携先)

  • アソシエーション・リレーションズ(各団体・学会・患者会)

  • インダストリー・リレーションズ(製薬企業・医療機器メーカー)

危機管理

日頃から組織体の中でトラブルや次期を未然に防ぐ対応、好ましくない事態が発生した時の迅速で適切な対応が取れるかが非常に重要というまとめになっています。特にメディアからダメージやネガティブな報道を軽減するためのトレーニングの必要性を説いています。

〈論考3〉いま、病院広報を取り巻く環境を整えるとき

社会医療法人祥和会 島津英昌・大田章子

医療法に「広報」という言葉が登場せず「広告」と表現さている理由ととともに、マーケティングPR偏重の状況、病院業界での広報の捉え方のズレについて指摘しています。
事実、厚労省が示しているのは「医療広告ガイドライン」とされていて、一般に広告とは「広告枠の購入」と考えるところ、自院が発行配布するパンフレットや、ウェブサイトについても広告と一括りしており、他業界からはかなり特殊な状況に見えます。

また、近年なぜ病院広報の関心が高まっているのか、あるいは必要なのかという分析。さらには、病院広報が院内でどれくらい重要なポジションに置かれているのか? 担当者は専従か兼任か?など、病院広報の発展が道半ばにあることをデータから示しています。

〈事例1〉地域住民との双方向コミュニケーションの場「モニター会」

社会医療法人大道会 山見心・大平剛士

特に自治体広報で重視される「ステークホルダーとの(直接的な)双方向コミュニケーション」、すなわち「広聴」に関する活動の紹介です。地域住民との対話の通じ、要望や提案を改善にフィードバックしていくという活動を30年以上続けているようです。

「モニター会」に関する同法人広報誌の特集記事
https://www.omichikai.or.jp/uploads/pdf/vol.229.pdf

〈事例2〉スポーツ推進事業への取り組みと、その効果

戸田中央医科グループ 浅井一敬

集患への直接的な効果は見えにくいとはしつつも、グループの所属選手たちがラグビー教室やソフトボール大会を催し、競技の普及活動やピンクリボンの啓発活動に取り組んでいます。医療でなくヘルスケアという枠の中で、実業団スポーツを通じた健康増進や、「スポーツの戸田中央医科グループ」というブランド構築につなげていく構想があるです。

〈事例3〉病院コンセプト「生きるを支える」を体現する建築

社会医療法人石川記念会 大山幸一

石川病院長の「美術館のような空間」という一言から展開されて新病院の建築のコンセプトデザインに関するレポートです。言葉ではなく、内装建具の素材、照明設計、ピクトグラムでノンバーバルなコミュニケーションを体現しています。またそれらはユニバーサルデザインも考慮され、大型モニターサイネージによる利便性など、新しい病院のプランニング事例として紹介されています。
詳しくは下記の書籍をご覧ください。

〈事例4〉3世代を対象とした啓発活動「からだの音プロジェクト」

医療法人社団おると会 浜脇澄伊

近年、けがで病院にかかる子供たちが増えてきたこと、けがの種類が変わってきたことに気づき、病院としてけが予防やけがを防ぐ体づくりに貢献できないか、と考えたことをきっかけにはじめた活動のレポートです。
未病・予防の活動自体は、病院の経営の改善には直結はしませんが、「専門的な知識を持つ各医療スタッフが人々の健康に貢献しているのだ」という満足感やプライドの醸成につながり、結果として職員が定着し、医療の質にも好影響を与えているのではないかと結んでいます。

〈事例5〉レシピ本発刊とだしパックの共同開発

社会医療法人祥和会 島津英昌

普通の周年行事で終わらせないための企画として始まったプロジェクト。まず強みとして満足度調査に「給食が美味しかった」という言葉が多くあることに注目し、長年取り組んできた減塩普及から「レシピ本発刊」「だしパック開発」へと発展させたようです。医療機関の個性的な取り組みとして、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などにも積極的に取り上げられ、ブランドイメージの醸成が進んだとしています。

〈事例6〉はんてん木まつりとキャラクター「はんてんぼーくん」による地域交流

医療法人静和会 鈴木純子

30年以上に渡って開催されている「はんてん木まつり」では施設を全面的に開放して毎年4,000人を超える人出があり、2015年にはゆるキャラを公募し「はんてんぼーくん」の誕生に至ったとのこと。はんてんぼーくんの着ぐるみが紹介会議所のイベントや地元大学の学園祭に繰り出すなど、キャラクターを通じて地域の人々との距離感を縮めることに一役買っているようです。

ゆるキャラブーム以降、全国の病院で独自のキャラクターを作り、広報の「飛び道具」として用いられるケースが増えました。着ぐるみだけでなく、ホームページや広報誌面に登場させることで、医療機関の閉鎖的な雰囲気を和やかにさせる効果も期待できます。ただ「ブーム化」は、ゆるキャラの乱立を生み、コモデティ化=飽きられる流れもあり、ゆるキャラグランプリは終了するなど、社会的にはゆるキャラへの注目度は減衰していきました。マスメディア経由の知名度アップではなく、自院のオウンドメディアで活路を見出すのが昨今のゆるキャラ事情です。

〈事例7〉“思い切った”病院広報 ― 研修医採用における「トライアウト」

公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 福岡敏雄

研修プログラムの周知が捗らないという背景もあり、研修医募集で結果が振るわない状況にあった中、博報堂とのやりとりの中で「実技試験導入」というアイデアが生まれ、昆虫標本組み立て、一粒寿司、そして実際採用された「極小折り鶴」などの案が出されました。
その一方で話題性を狙った企画という性格上、負のイメージとして認知される懸念もあり、コミュニケーション表現や実施タイミングにも細心の注意を払い進められたようです。「試験」という言葉を使わず「トライアウト」としたのもその工夫のひとつとのこと。

〈事例8〉病院スタッフによる合同の就職ガイダンス開催

熊本県病院広報考える会 山崎幸成ほか

企業が主催する就職ガイダンス・合同説明会は集客力期待できるものの、高額な出展料が負担であるという解決への方法として、病院だけでガイダンスを共催をしたというレポート。病院の参加費は5万円設定し、目標を100人に対して集まった参加者は29人ということだったようです。
参加病院集めや学校を始め各団体への働きかけ。また開催を周知するためのマスメディアへの広告手配などを自分たちが主導で行っています。

まとめ

一般に「広報」といった場合、

  • マスコミ対応やマスメディアに取り上げてもらうための活動

  • マーケティングやプロモーションなど宣伝の活動

  • インナーブランディングも含めたコミュニケーションの活動

などの文脈で語られるため、話し手によりイメージする病院広報の世界観が異なっていることがあります。マスコミやそれに近い立場のPRパーソンと、広報誌を連携先に配り歩くPRパーソンの「広報」には乖離があります。

だからといって「正しい広報とは」などと言うつもりはありません。病院広報の現在位置の確認と、未来の展望を考える一助のなれば幸いです。


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