歌舞伎町の夜明けZeyo~いけ!オジの魔法使い⑤
大好きな志村けん(敬称略で申し訳ありませんが、原則として有名人に敬称は付けていませんので、何卒ご了承ください)を裏切った田代まさしは大嫌いだった。
尾崎豊、飛鳥涼、長渕剛なども昔は好きだったが、違法薬物に手を出した瞬間に興ざめしてしまった。
アスリートにドーピングがあるように芸術や文化の分野でも盗作は勿論だが、倒錯も規制すべきだ。
歌舞伎町某所レンタルバー「ZeyoX」の店長に就任した卓さんから、
「田代まさしライブを企画しようと思うんですが、どうですか」
「今更感しかないけど」
「テレビに出演している人になると手が出ないですから」
「お笑いライブ、スナックも有名人頼みで失敗したから」
「有名人頼みでありません、まず知名度を上げる打ち上げ花火として」
「高木さんの反応は」
「高木さんはまだ話していません」
「まずは高木さんに確認すべきじゃありませんか」
「でも元々高木さんを紹介して頂いたので」
「僕は賛成も反対もありません」
お笑いライブを主催しようと思って、高木さんのお手伝いを始めたが、頼みにしていた芸人と疎遠になってしまった。
その後、セクシー女優とスナック開店を試みて、高木さんのお手伝いを止めて取り組んだものの不仲になって頓挫してしまった。
その高木さんには、その後全く連絡を取っていなかったのに、
〈ご無沙汰しております。
最近は近況いかがでしょうか?
おりいってご相談があります。
歌舞伎町でBarをやっているスタッフが辞めまして、店長としてやっていただけないでしょうか?
以前、池袋でBarをやられるとのことおっしゃっていたので、ご相談できないかなと思い、ご連絡しました。〉
二年間限定の専業小説家を諦めて、設備管理の仕事に従事していることを伝えるのは正直言って恥ずかしかった。
突然辞めてしまった僕のことを気に懸けてくれたことは少しだけ嬉しかったので、
〈ご連絡ありがとうございます。
現在は設備管理業務に従事しているので、私は無理です。
ゴールデン街中心に知人は沢山います。
お役に立てたら幸いです。
よろしくお願いいたします。〉
〈お返事ありがとうございます。
かしこまりました。
知人にお店をやられたい方がいらっしゃいましたら、是非ご紹介して頂きます。
よろしくお願いいたします。〉
本当は当てなど毛頭もなかった、二年間の集大成と思って新宿区議選に打って出た結果は94票の大敗。
後悔先に立たずであったが、見栄を張ってしまう悪癖が出てしまった時に声を掛けたのが卓さんだった。
身勝手な僕はその後、二人の交渉を任せたままであり、汁祭などの独自企画を開催している卓さんのお手伝いもしていなかった。
田代まさしライブ開催を知ったのも本人からではなく、SNSを通じて知ったものの手を差し伸べることもしなかった。
高木さんはお酒に無頓着なようで、プレミアウイスキーが無造作に死蔵されていると卓さんのSNSで知った。
現金なものでプレミアムウイスキーを割安で飲めることができるというので、足を運ぶことにした。
「お陰様でお試し期間も無事終了して、正式に店長に就任することになりまして」
「おめでとうございます、何も協力できなくて申し訳ありません」
「何を言ってるんですか、紹介して頂いたお陰でご縁ができたのですから」
人情に欠ける僕への小言を覚悟していたので意外だったが、卓さんは僕と正反対に感謝を忘れない人だ。
「田代まさしライブの集客はどう」
「正直言って、苦しいです」
「相談してくれたら良かったのに」
「でも当初の反応から考えて頼み辛くて」
「とりあえず二枚だけ予約しておきます、追加があれば連絡します」
「参加者を特定して申し込む方式です」
「それじゃ、僕とイバさんで申し込みます」
その後、知人を中心に連絡をしたが、二月は各種団体の総会が集中しているようで、色よい返事はなかった。
〈すまん!
ぶっちゃけ、田代まさしライブ、現時点でちょこっとだけ赤字や!
今後もいろいろ有名人呼んだりなんだりしたく、ちょっとでも興味あったらどうか…〉
「申し訳ない、知人に声を掛けてみたけれど不発で」
「何を言っているんですか、二人も参加して頂いて感謝しています」
「それに高木さんが赤字補填してくれるそうで」
「赤字補填でなく、集客やろ」
「そうでしょ、普通はそうですよね」
「高木さん変わったとこあるから、ぶっちゃけ、僕も一度も食事もご一緒したことなんですよ」
「でしょ、でしょ、良かった…嫌われてるかと思って悩んでいたんですよ」
「でも、ぶっちゃけ、田代まさし事務所も何もしてくれないんですよ」
「そりゃ、主催ライブじゃないからね」
「でも、三日前に開催されるバレンタインライブはゴリ押ししてるのに」
神は見捨てなかった。
「ちょっと待ってください、よっしゃ」
卓さんが「やる気・元気・いわき」でお馴染み井脇ノブ子バリのガッツポーズ。
「今の予約で赤字解消です、マジ嬉しい」
「高木さんに赤字補填して貰ったら最悪だから」
当日は二部制で販売に苦戦した初回十三時公演に参加することにしていたが、前日になってイバさんがPC教室の補講になった。
僕は遮二無二になって参加者を募ったが、今日の明日で参加して貰える知人は残念ながらいなかった。
以前、ボランティアでご一緒したことのある二十代加藤さんが僕の頭を過った。
〈唐突ですが、明日の昼にご一緒できませんか〉
〈豊洲の仕事が終わってから、合流させて頂きます〉
何があるかも聞かずに二つ返事で駆け付けてくれる加藤さんありがとう。
当日の模様はネタバレになるので、最小限に止めるが、台本も完璧で客イジリも当意即妙であり、本物のプロだ。
不祥事も笑いに変えてしまい、照明、温度音響調整も抜かりなく、マネージャーを務める奥様の内助の功も最高だ。
冷静になって考えるとランボーやボードレールだけでなく、バスキアやウォーホールなども違法薬物を利用していた。
薬物依存を推奨する訳ではないが、蜥蜴の尻尾切りで徹底的に叩くのではなく、販売組織を取り締まるべきだ。
警察庁長官暗殺未遂で面目を潰されて、銃器の方に血眼になった結果、より悪影響を及ぼす違法薬物対策が不十分になった。
暴対法で暴力団は撃滅危惧種になったが、外国人や半グレが蔓延り、見た目は綺麗になったが、歌舞伎町は秩序が失われた。
プロではなく、素人が傍若無人に振舞うので、モグラ叩き若しくは雨後の筍、鼬ごっこに公金チューチュー。
公演も終了後にお礼も兼ねて、加藤さんを食事に誘うと、
「田代まさしって何者ですか」
「知らなかったの」
「兎に角、ハンパなく面白かったですが、名前しか聞いたことありません」
「シャネルズ及びラッツアンドスターズだけでなく、バカ殿でもNo・2を」
「最初に色々調べておけば、もっと面白かったでしょうね、本当に最高でした」
僕は心の中で呟いた。
「田代、後ろ、後ろ」
「後ろ、志村、志村」
いけ!オジの魔法使い。
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