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そこは夢の跡

とあるスナックについての思い出。


駅前に、文字通り傾いたスナックがあった。
その名もスナック 「ドリーム」。
桃色文字の黄色い看板には蔓性の雑草が巻き付き、入り口のビニール屋根はくすんで破れて、傾きかけたコンクリの建物はもやはり蔓が巻き付いていた。

実家から駅までは遠く、また自転車で通える距離の学校に通っていたので駅を利用する機会は決して多くはなかったが、両親が運転する車の窓から覗くこの異様な店は子供心にも妙に惹かれるものがあった。なんとなく、両親にここについて尋ねるのは憚られたので、幼い頃の私は一人ここに関して色々と想像を膨らませらたものだった。

いったいどんな人が何を思ってここに通うのだろうか。
いったいどんな人が何を願ってここを建てたのだろうか。
このスナックドリームに人々はどんな夢を見たのだろうか。

もちろんスナックなんてものには行ったことが無かったので、ドラマやアニメから膨らませた実の無い妄想ではあったが、そんなことが楽しかった。


そんなスナックドリームだったが、数年前、駅周辺の再開発に伴い建物ごと跡形も無く消えてしまった。私がここの実態を知ることは遂に無かった。





ドリームという名前は誰がつけたのだろう。
駅前の老舗スナック。
ここは誰かの夢の跡。
きっと何処か誰かの、沢山の、小さな物語があったに違いない。





しかし全ては泡沫の夢。
今となっては闇の中である。

(578文字)

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