見出し画像

【禍話リライト4】見つけてくれる人

Aさんは、家電量販店でパートをしていた。
郊外に建っているわりあい大きな店だ。
いつものように品出しをしていると、

「あの、すみません」

と控えめな声が聞こえた。
振り返れば、高校生だろうか。
ブレザーにスカートという制服姿の子が立っている。

「○○というノートを探してるんですが……」

Aさんの勤め先は家電量販店ではあるが、文房具も取り扱っているところだった。

「マニアックでなかなか見かけないノートなんですけど、ここにだったら前は置いてあったんです」

文房具売り場へ行ってみると、確かに見当たらない。
ここに無いなら無いだろうと思われるのだが、相手がとても残念そうなのだ。
それも、どうして置いてないんだ、と怒るのではなく、純粋に落ち込んだ様子だったのが、妹のいるAさんの心を打った。


「時間が大丈夫なら……」

そう言いおき、Aさんは倉庫を探してみることにした。
文房具担当ではないので勝手もわからず、箱をいくつも上げ下ろすなどして15分ほど格闘しただろうか、ついに客の言うノートが残っているのを見つけた。

「ありました、1セット!」

いやあ探してみるものよね、あきらめなくてよかったですよ、と息を弾ませ手渡すと、相手はいたく感激している。
やはり高校生で、受験を控えているらしい。

「験担ぎじゃないんですけど、これで勉強するとうまくいく気がしてて…」
「ああ、そういうことってありますよね」

本当にあってよかった、これでもう合格だ!と冗談っぽく笑うと、高校生は大事そうにノートを抱え、

「本当に、ありがとうございました」

と感謝して帰っていった。
その日、Aさんの酒は旨かったという。

***


さて、そんな心あたたまるエピソードもあれば、困ったこともあるのが客商売である。
この家電量販店にも、迷惑な常連がいた。
異性とみた店員にかまってほしくて意味不明な言いがかりをつけ、長時間絡んだ末に結局買いもしないような、4、50代の人間である。
その客については若い従業員も「いい職場なんだけど、あいつが来るからやめたい」と言い出すほどで、もう出禁にするしかないという話になってきていた。

しかし最悪の客はどうしてか、最悪のタイミングで来るものである。

ちょうど大きな荷物が到着し、荷運びのために多くの店員たちが売り場からいなくなってしまった時。
その最悪野郎がよりによって、いつも以上に興奮した状態で来てしまった。
たまたまターゲットにされたのが冒頭のAさんだ。
毅然と対応するAさんに、最低野郎はああだこうだ、ネチネチと絡んで勝手にヒートアップし、最終的に手が出てしまった。
顔を叩かれたAさんは呆然とする。
まわりにいた店員たちも固まっている。

その様子で自分のしたことの重さをやっと悟ったのか、最低最悪野郎はあわてて逃げて行った。

出払っていた者たちも騒ぎに気づいて戻ってきたが、凶行に居合わせてしまった店員が
「荷物なんか、荷物なんか運んでるから!」
と仕方のないことをわめいて錯乱するほどで、大変な傷跡を残す事件になってしまった。

Aさん本人も職場で不意の暴力にさらされたショックにより、2、3日休む羽目になったという。


店は厳戒態勢となった。
既に警察に任せる事案になってはいるのだが、
「絶対にまた来るから、そのとき捕まえて、即通報」
ということになり、みなピリピリした状態で働いた。

しかし、ぱったりと来ないのである。

「やっぱり直接的な行動に出ちゃったから、まずいと思っているのかな」
「絶対に警察に突き出してやるのにな」

店員たちはそう話していた。


すると1、2週間後、こんなニュースが舞い込んだ。

隣町の河川敷で、4、50代の奴が通りすがりの高校生に「一緒に死のう」などと迫り、自らを刺しながら襲いかかった。
襲われた子には怪我はなかったのだが、そいつは血だらけで運ばれて行って、入院した。
死にはしなかったのだがかなり深く切っていて、後遺症が残りそうだ。
そしてその犯人がどうも、あの迷惑客らしい、というのだ。

店は騒然となった。

「あぶねー!」
「そこまでのやつだったのか!」

Aさんも、私、本当に危なかったんだ、と改めて震えたという。


***

それからしばらく経った、3月の末。
大雨が降っているせいか、客足の遠い日があった。
その日は荷物もあまり来ず、のんびりと店頭整理などして過ごせた。
ああ楽な日だったな。Aさんはほっと息をつく。時刻は夜10時ごろ。あと30分ほどで閉店だ。

「あの、すみません」

声をかけられ振り返ると、昨年のノートの高校生ではないか。

「あの…、私、大学に受かったんです!」

どうしてもお礼が言いたくて。引っ越して、ひとり暮らしを始めるので挨拶に、と言う。

「よかったですね~!ノートのおかげかな?」

あの時の嬉しさを思い出し、Aさんはおどけて笑った。

「本当は、前にお礼に来たんです。推薦で早めに決まったので…。そしたらお姉さん、変な人に絡まれてましたよね」

「あ…!あなた、あの時出くわしちゃったのか」

あんな騒ぎのさなかに、とても話しかけられなかっただろう。

「ごめんね、あの人はもう大丈夫になったから」

「はい、大丈夫になったでしょう?」

「…あ、知ってた?」

「ええ、あいつ、私んちの近くに住んでたんですよ」

「うわ、危なかったね!」

「駅から家へは近道を通るんですけど。そこって薄暗くて危ないんですよね」

「そうなんだ…」

「前にここであんなこともあったし、お姉さんにはお世話になったから、私…」


ん?と不思議がるAさんの目を見て、相手は静かに告げた。


私がやったんです。


「その薄暗い、河川敷の通りであいつを捕まえて、私問い詰めたんです。なんでああいうことをしたんだって。
どうして店員さんに絡むの。自分の満たされない気持ちを、客という立場を利用してぶつけてるだけじゃないの。そういう人間は、弱いし卑怯なんじゃない、って。
そしたらあいつは、うるせえ、おまえみたいなやつに何がわかるんだ、とか唾飛ばして、無茶苦茶なことを言ってきたんですよ。
だから、ああ、やっぱり話してわかんない奴なんだなあ、と思ったんで……」

……思ったんで?

「昔に買っておいたナイフで何回か刺してやったら、ひゃあーみたいな情けない叫び声上げて。弱いもんですね」

馬鹿にしたように息を吐いてから、固まっているAさんを顧みずに話し続ける。

「刺したら遠くからおまわりさんが来ました。大体、おまわりさんの巡回の時間も分かってたんです。だから、キャー助けて!急にこの人が死のうとか言って私のことを!キャー来る怖いー!とか言ってみたんですよ。そんな状況だったら、私の方を信じますよね」

二人の周りには誰もいない。閑散とした店内に明るいBGMだけが響いている。
Aさんは乾ききった口を開いた。

「そんな……。そんな、いくらノートを見つけたからって、おかしいよ。ノート見つけたくらいでそんなことする?」

すると相手は、今度は視線をそらし、「ああ、まあ違うんですよ」と笑った。

「昔からちょっとやってみたかったんです。子どもの時から」

でも、動物はかわいそうだし。
小学校の時、同級生と二人きりでいたりなんかするとふっと思っちゃうんだけど、でもこの子ってすごくいい子だし、家族悲しむし、お兄ちゃんもいるし。

ずーーっと、一回でいいからやってみたいと思ってたんです。
で、最低な人間だったらいいんじゃないかなーって。

あの時、お礼に行こうと思ったらそいつがいて、しかも近所のやつで、しかも、隙だらけのやつで。
いくらでも、なんとでもなるやつだ。

だからやったんです。

だからそんな、お礼ってわけじゃないんです………


何も言えなくなったAさんの前で、話は終わった。
そして最後、帰り際にふと振り返って、「でもAさん、ほんとすごいですね」と言うのだ。

「いつもあたしが欲しいもの、用意してくれるんですね…」


「本当に、ありがとうございました」と会釈してから、今度こそ夜の中へ消えていった。

昭和から平成に移り変わる、そんなころの話だ。




◆こちらは「ツイキャス」にて配信されている怖い話「禍話」を書き起こし、編集したものです。
禍ちゃんねる パワプロスペシャル】より。(1:15:12ごろから)
当方は配信者のかたとは関係のない、いちファンです。
このリライトの転載、使用はご遠慮ください。

画像1

(画像配布元:禍話 簡易まとめWiki様)

◆「禍話」は毎週土曜23:00〜配信されています。
ツイキャス】や【公式ツイッター】をチェック!

◆有志の方がまとめた過去配信一覧もあります。
半ライス大盛り少なめ(仮)】(タイトルをお借りしています)
禍話 簡易まとめWiki