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あなたに会えて良かった


言わなければ後悔するとか、
会いに行かなければ後悔するとか、
なんだかとにかく、一歩動かないと
いけないときってあるんだと思う。

私は今日も話したいことを
伝えることができなくて、
それなのに何もなかったことさえ
受け入れようとして1日が終わった。

大人になって人を想うことが
こんなに難しいって
思い知る。

何も行動しなければ
何も変わることがない。
その繰り返しで変わらない日常が
守られていたりもする。

日常の中では何もせずにいて、
今日1日何事もなくうつろうことをせずとも
明日は何の問題もないもいうことは
膨大にある。

それなのになぜか、このことだけは
終わらない課題に追われるように
心の中に重く残っている。
不思議で仕方ない。
なぜ、私にとって
向き合わなければならないことへと
変化したんだろう。

外から自分を見るなら
出すべき答えは決まってるのだけど。



〝言わないと後悔する、
会わないと後悔する〟
意味は違うけど
そういうことは仕事でもあって、
会ったから後悔しなかったと
そんなことがあった。

会社の会報誌の記事を作っているのだけど
取材をするのは決まっておじいちゃん、
おばあちゃん世代。
それで約1年半前に、
一人の男性を取材した。
同僚のこの地域のマネジャーが
いうには推薦するにNo1の人物だという。

まだ働くおじいちゃん世代の人で
紳士的で一生懸命で
自分のお客さんのことを
すごく大事にする人だった。

自分で桜の写真をとって
拡大印刷して、
遠出のできないお客さまに
渡してあげたり。
仙台の人だった。

彼を取材に行ったときは
スケジュールの関係で
カメラマンと私とお客さんだけで
撮影をするという段取りもある。
するとその男性は、
「お願いね。大事なお客さんだからね」って
心配そうに私に話したのが
忘れられない。
私を信用してないんじゃない。
信頼されてない目ではない。
自分がその場を見守れないことに
いたたまれない気持ちで、
彼は仕事に向かったんだと思う。
あとで合流して報告したら
ほっとした顔をしていた。

それから約1年4ヶ月が過ぎたとき
私はこの人に会っておいて
良かったと思う日がくる。

私は相変わらず取材で
日帰り岩手だった。
バスも使って仙台を経由して
現地に行って日帰りで帰ってきた。
ちょうど仙台の七夕祭りの前日で
駅には飾り付けがされていた。
1日ずれていたら見れたのかな
なんて思いながら。
同僚に見送られ、
最終の新幹線に乗って帰路についた。

週末をはさむと
少し気だるく月曜日が始まった。
仕事用スマホの電源を入れて
パソコンを立ち上げて。
しばらくすると現地の関係者から
電話が入った。

「おはようございます〜」

たわいない世話話から始めたが、
電話の先で話す同僚の声は
元気がない。

「それが、あの方がなくなったんです」

マネジャーをしている同僚は
そう話す。私は一瞬時間が止まって
紳士的なおじいちゃんプレイヤーが
お客さまと表紙を飾った会報誌を
左手でとっさに取り出した。
右耳にスマホを寄せているのに
口よりも瞳ばかり動く。

マネジャーは男性のご家族に
彼の活躍を知らせるため
1年前のこの冊子の在庫を求めて
私に電話してきたのだった。
私はスマホを置くと、
すぐさまストックを取り出して
速達で出した。
1000円近くしたけど
これなら明日には仙台に届く。
お通夜に間に合う。

翌々日のこと、マネジャーは
無事にご家族に面会できて
冊子を渡せたことを報告してくれた。

私は、1年前、この男性に会っておいて
良かったと思った。 
もし私が記事にしていなければ
彼の最後の仕事の姿は
家族に伝わらない。
推薦してくれたマネジャーを
尊重することもなかった。
人の思いというのは、渡されたら
適切にかかえるべきなんだろう。
相手だってかかえられると思わなければ
渡してくることさえないのだから。

突然の心臓の病気が彼を星にした。
彼はおじいちゃん世代の人だから
あまり不思議なことではない。
最後までかっこよく
仕事に生きた人だった。

そんなことが月曜日にあって、
4日後の祝日、私は出勤で
一人オフィスにいた。

誰にも会わない静かな環境、
ひっそりしたオフィスで
いつもなら集中して
原稿を書いたり膨大な校正をしたりする。
同じ実務をする人がいないから
同僚にわかってもらえないのは
残念なところだけど、
とにかく一人でやるべき仕事が
はかどる、チャンスの日だ。
私にとっては生命線ともいうべき1日。

でも、いつもなら没頭しているのに
この日は深く気持ちが落ちていく。
取材で1日会っただけの
おじいちゃん選手なのに
人徳者の存在感を強く感じて
それは私の中にまだ残っていた。
無性に寂しくなって涙が流れた。

静かすぎるオフィスは毒でしかなかった。
人の声が聞きたくなって
5年ぶりに仕事中にイヤホンをつけて
音楽を聞いた。

やっと心が整って原稿が入ってきた。

今、おじいちゃん選手に夢で会えたら、
私は何を伝えるのだろう。

〝ありがとう〟…?

それほど交流を重ねていないのに
「ありがとう」はちょっと無理がある。

〝あなたに会えて良かった〟

うん。これなら間違いない。


〝外から自分を見るなら、
出すべき答えは決まっている〟 

私はそうわかっているし、
「あなたに会えて良かった」という言葉は、
きっとこの人が私に残してくれた教えだ。

好きって簡単に言えないなら
私は残してもらった言葉を
今日をともに生きる人に使うことにする。

もし私が何も伝えることをしなかったら
何にもならないし、
流してはいけないことを
流してしまうことになる。
それは罪の意識を少しだけ残して
これからの人生の重しになって
しまうような気がする。
だからちょっとだけ頑張ってみようか。

伝えることができたら、星を見に行く。
満点の夜空が見える場所まで行こう。

おじいちゃん選手のおかげで
結果が出せたなら
星に向かって伝える言葉が
きっと生まれるはずだから。


Aoi314

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