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客を笑い死にさせた映画

大学1年生の時。フジテレビで放送されたお笑い芸人のネタ番組「ブレイクもの」を見て衝撃を受けた。ここでラーメンズが披露したコント「日本語学校」が異常に面白かったのだ。なんだこれ。テレビ越しなのに、ぼくは爆笑してどうにかなりそうだった。スタジオ観覧の客も笑い過ぎてちょっと呼吸がおかしくなっている。それはあまりにも衝撃だった。なんでこんなに面白いネタを作れるのだろう。なんで「新橋!」ってフレーズがこんなに面白いんだろう。不思議でしょうがなかった。録画したVHSを何度も何度も、何度も見た。

ちなみに今ネットを探したが、該当する動画はなかった。お笑いライブ「ネタ de 笑辞典」のビデオ映像が内容的には近い。コント「日本語学校」はラーメンズの出世作となり、代表作となった。シリーズ化され、アジア編、中国編、スペイン編、フランス編と、色々と作られた。ネット上にある。より洗練されたアメリカンも大変素晴らしい。これは公式動画がYouTubeにある。

ラーメンズ「日本語学校」との出会いが、ネタの構造分析への興味につながった。

どうやら「笑い」には色々な種類があるらしい。中でも、死ぬほど面白い!を生み出すとしたら、どうやら「天丼の笑い」が良いようだ。同じボケ、フレーズ、展開を、2度3度と繰り返すのが「天丼の笑い」である。ツボに入ったところで畳み掛け、客が笑い続けるうちはしつこいくらいに繰り返す。そしたら、もしかしたら笑い過ぎて死んじゃうことがあるかもしれない。

ぼくはこんな事を夜な夜な真面目に考える馬鹿な大学生になっていた。バカ道これに極まれりだ。

笑わせたい。死ぬほど。というか、殺すほど。

落研だから、落語を披露する機会がある。大学2年の時、ぼくの落語はかなりウケた。親友の大輔は、ぼくが演じた原型を留めぬほど改変した古典落語「寝床」に笑い、酸欠になりかけたと言う。

もうちょっとだった(笑)

いや、これは親友のリップサービスであろう。笑いで人を殺すなんて、ちょっとできそうになかった。そしてぼくは就職して会社員となり、次第に笑いから離れていった。

そんな折に、ふと手に取った本に凄いことが書いてあるのを見つける。

『別役実のコント教室 不条理な笑いへのレッスン』。痺れる一文をここに引用したい。

 三木のり平さん(1923〜99)に聞いたんですけども、爆笑を何回か積み重ねて、集団で爆笑が連続して起こってくると、生理的に全部共有されちゃうんですね。すると客席全体が集合した人格になってしまって、笑いがとまらなくなる。わーっという爆笑がもう一つウォンとうねって、会場を支配しはじめることがあるんだそうです。僕はこれを経験したことがないんですけども、文学座のアトリエで『天才バカボンのパパなのだ』という喜劇をやった時に、うねったかな、という感じが若干ありましたかね。だけど、本当にうねりはじめると、生理的にとまらなくなって観客は窒息死するというふうにいわれているんです。ですから、喜劇作家としての最高の境地というのは、会場がうねりはじめて客が死ぬ。窒息死する。笑い死にですね。これが最高の境地なんです。「客を笑い殺す」、これが最終目標です。

『別役実のコント教室』P22より

「客を笑い殺す」、これが最終目標です。 by 別役実

夜な夜な、笑いで人を殺すことができたらと考えていたあの頃の馬鹿な高校生は、この文章に目をまんまるくした。同じ目的を持った人がいるなんて。

その人もまた、目標は達成できていないようだった。ぼくはこの文章に出会ったことで、自分がかつて抱えていた「内に秘めた願望」をアウトプットしてもいいとお墨付きを得た気になった。

笑わせてみたいな、死ぬほど。

でも、「死ぬほど笑ったよ」なんて言葉では聞くが、実際に死んだ人なんて聞いたことがない。いるのだろうか? 笑い死にした人って。

これはネットを引いたらすぐに答えが出た。2例もある。

1975年3月24日、イングランド、ノーフォークのキングズ・リンに住んでいた50歳のレンガ積み職人アレックス・ミッチェルは、テレビ番組『The Goodies』の「Kung Fu Kapers」のエピソードで、キルト姿のスコットランド人が、バグパイプを武器に、悪者のブラック・プディング(豚の血のソーセージ)と戦うところを見ていて、笑いながら死んでしまった。25分間にわたって笑い続けたミッチェルは、最後にはソファの上でぐったりとなり、心不全で死亡した。彼の未亡人は、後にこの番組に手紙を送り、ミッチェル氏の人生の最期の瞬間をこれほど楽しいものにしたことへの感謝を伝えた。

1989年、デンマークの聴覚学者オレ・ベンツェンは、コメディ映画『ワンダとダイヤと優しい奴ら』を観て、笑いながら死んだ。心停止にいたる直前には、心拍数は1分間に250 - 500回に達したと推測されている。

Wikipedia「笑い死に」現代の事例より

1つ目がこれだ。
テレビ番組『The Goodies』の「Kung Fu Kapers」。

コメント欄を見ると、ぼくと同じように、「笑い死に」を出したコントってどんなものなんだろう?という興味を抱いた人が見に来ているのがわかる。

もう1つが、1988年のイギリス・アメリカ制作の映画『ワンダとダイヤと優しい奴ら』だ。脚本・主演が、モンティ・パイソンのジョン・クリーズ。

この映画、大学生の頃にVHSで見たが、あまり印象に残っていない。ジョン・クリーズ作品はテレビシリーズの『フォルティタワーズ』が好きだった。

改めて見てみようと色々な配信サイトを検索したが、なかった。仕方なく宅配DVDレンタルのTSUTAYA DISCASに入り、『ワンダとダイヤと優しい奴ら』のBlu-rayを借りて見た。おかしかったし、大笑いする所もあったが、腹が捩れるほどではなかった。

ただ、喜劇の基本みたいなものが沢山詰まっていて、かなり勉強になった。

『ワンダとダイヤ〜』では、「天丼の笑い」がふんだんに使われている。チョメチョメなシチュエーションになると、必ず嫉妬深いオットー(ケヴィン・クライン)が、やってくるのもその1つ。思わず吹き出してしまった。

『The Goodies』も、『ワンダとダイヤと優しい奴ら』も、舞台ではなく「映像作品」なのが良い。「映像」でも人を死に至らしめるほど爆笑させることができるのだ。この事実になんだか夢がある。

両者とも、「笑いやすい雰囲気」が漂ってくる。敷居が高くない。そこにヒントがありそうだ。時々、お笑いなのに「カッコイイ映像美」で見る側を緊張させる作品があるが、それはやはり損だ。コメディらしい雰囲気が漂っているからこそ、視聴者は気を許せる。

色々なヒントを得られた。

では、改めて考えてみたい。

「笑い死に」させる事は可能か?

死ぬほどではないにしろ、自分は何に爆笑しただろう? 涙が出るほど笑ったのは、至近距離で見た歌之介さん、白酒師匠の高座。他にも色々あったはずだが、スッと思い出せない。

2008年に世界のナベアツさんが『あらびき団』で披露した「T-BOLANを知らない子供たち」には腹が千切れるほど爆笑したのでよく覚えている。これも何度も繰り返し見た。

T-BOLANを知らずに 泣かないでボクのマリア
T-BOLANを知らない oh bye for Nowたちさ
Now for bye Now for bye
Now for bye for bye Now
for by for for by for
for for for
すれ
すれbye すれbye
すれ違いのfor すれ違いのfor
すれ違いのfor
泣かないでボクのマリア forリア マリア

「T-BOLANを知らない子供たち」

字面だけ見ても面白い。

「3の倍数と3が付く数字の時だけアホになる」ネタと同様、終盤が全部ボケ。ナベアツさんは、めちゃイケの構成作家でもあった。片岡飛鳥氏をして「構成を学び過ぎた」と言わしめるだけある。

ここで大事なのは、ネタの構造における「終盤の畳みかけ」だ。まずはこれを頭に入れておきたい。

思い出した番組がある。

フジテレビで放送された松本人志の『一人ごっつ』がとにかく好きだった。その後『新・一人ごっつ』『松ごっつ』とタイトルを変えながら続いていく。VHSに録画して擦り切れるまで見た。

倉本美津留氏の発明品「フリップ大喜利」。そして、「写真で一言」「面雀」「この際、一度鬼ババになってみよう」「サウンド・オブ・クリーニング」「全国お笑い共通一次試験」などなど、印象に残っているコーナーが沢山ある。

中でも、妙に印象に残っているコーナーが「紙猫芝居」だ。

これはYouTubeやニコ動で見ることができた。懐かしい。この「国道」編は、やはり終盤に畳みかける。

「紙猫芝居」を進化させたのが、『松本人志のコントMHK』で放送された「ヒーロー戦隊」だと思うのだが(思い違いかもしれないが)、残念ながらネット上に動画が転がっていなかった。

繰り返しの中毒性。反復。少しズラした「天丼の笑い」。これにもヒントがありそうだ。

一旦、まとめよう。

「笑い死に」を目指すネタは、「同じボケを繰り返すこと」が大事で、特に「終盤にボケを畳みかける」のが良い。特に、ウケるボケがあったら、しつこいくらいに繰り返したい。もうええわ!と突っ込まれて制止されるまで、繰り返したい。

と、ここまで書いた所で、ある人物の顔が思い浮かんだ。

「笑い死に」に誘う、現役芸人


ランジャタイの国崎さんだ。

この人はしつこい。ウケても、ウケなくても、とにかく延々やる。だから、ハマった時の爆発力がエグい。ここ3年くらいで、トータル誰に一番笑ったかを考えてみたら、ランジャタイではないかと我に返った。

歌いながらウッチャンナンチャンのお面を交互に出すネタとかは、あまり爆笑になった所を見たことがない。でも、しつこい。

1つウケるボケが見つかった時、彼の「攻め」はホントに凄い。

ナインティナインのオールナイトニッポンで行われた「岡-1グランプリ」でも、国崎さんによるビートたけしモノマネが何度も何度も爆笑を掻っ攫った。これもとにかくしつこいくらいに繰り返されたが、それが良かった。

津田さんとのゴイゴイスーミュージカルはやや変則パターンに見えるが、これも同様、同じボケの繰り返し。

2024年現在、日本で「笑い死に」に至るとしたら、「ランジャタイ国崎さんムーブ」が一番近い所にありそうだ。

ウケたらしつこく繰り返せ。

国崎さんを見習って。である。

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