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星めぐり第5回|詩を読む人も書く人も、みんな同じ場所にいる詩の宇宙。それが言葉以上の感覚で繋がると言うことかもしれませんね(笠原メイ)

星の賢者 星めぐり第5回は、詩とアートをテーマにテレパシックな宇宙旅行をします。旅のゲストは、詩人の笠原メイさんです。メイさん、よろしくお願いします!簡単に自己紹介をお願いできますか?

笠原メイ 初めまして、よろしくお願いします!詩人、エッセイストの笠原メイです。2021年から詩誌や公募へ投稿を始め、9月に一行詩集『365』を発売したところです。

詩誌『ココア共和国』(あきは詩書工房)にて詩が掲載され(10回)エッセイの執筆依頼を受ける|詩のコンテスト「一かけらの今」第4回「冬の言葉」、第6回「それから」、第7回「空」入賞|第23回 「家族の絆 愛の詩」佳作|一行詩集『365』を発売(2022年9月23日)

星の賢者 以前、メイさんの詩の企画に私の「」という詩を投稿させていただきましたが、周りを巻き込んで創造していく力、才能なんだなと感じておりました。

お母さまが、龍神さまと会話できるそうですね!第1回のhilariさんも龍雲の写真を紹介してくれましたが、今は地球の次元上昇を応援するために、龍神さまがたくさん地球に来ているそうですよ。

笠原メイ 母親は昔から霊感が強くて、お盆でお墓参りに行くと先祖を家に連れて帰ってきて、後で「〇〇さんが来てたよ」とか当たり前のことのように言うので、僕も普通のことだと思っているんです。

先日も、長野県の上高地にある明神池というパワースポットに旅行をしたのですが、帰ってきてから一週間後。母が「今朝、龍神さまと会話した」と言うんです。龍神さまは何て言ってたの?と聞くと「水回りを掃除しなさい」と告げられたようです。

母が変わっているのは、そこで龍神さまに対して「うちは家が広いから全ての水回りを掃除するのは無理です!」と断ったんです。すると龍神さまが「一か所でもいいから綺麗にしなさい」と返事したそうです(笑)

星の賢者 お母さま、お強いですね!(笑)

笠原メイ その日を境に、掃除嫌いの母が少しずつ家の水回りを掃除し始めたので、本当なんだなと思いました。

僕もたまにYouTubeの星占いを見るのですが、どの先生が言うことも、基本的には「人として当たり前のこと」をやることが開運に繋がっているなと思うんです。掃除することや、季節の行事に沿った行動をしたり、良いことがあれば、神社仏閣で手を合わせて、感謝を伝えること。つまり丁寧に暮らすということですよね。

星の賢者 見えない世界の本質は「人として当たり前のこと」だったりします。大切なことに気づける笠原家はステキ家族です!

メイさんのお母さまが龍神さまと出逢うきっかけとなった長野県上高地にある明神池

星の賢者 メイさんが群馬県前橋市にある萩原朔太郎記念館で、詩の朗読をされたと聞きました。どんなことを感じましたか?

萩原 朔太郎(はぎわら・さくたろう)1886~1942 口語自由詩を完成させた「近代詩の父」と呼ばれる詩人。代表作に『月に吠える』『青猫』『純情小曲集』『氷島』などがある。生家のある群馬県前橋市に記念館があり、展示の他、館内の舞台で催し物をしている。

笠原メイ 6月に開催された「前橋ポエトリーフェスティバル」というイベントで、記念館の舞台に立たせていただきました。もともと僕はバンドで歌っていたので、人前で何かを表現することは好きなのですが、詩の朗読とは、ある意味とても原始的というか……。声と言葉だけでダイレクトに会場を震わせる感覚があり、反応も直に返ってくるので新鮮に思いました。

星の賢者 詩は原始的ですよね。

笠原メイ 他の方が詩を朗読するのを聴くのは、とても面白い体験でした。表現の仕方にまったくルールがないので、演劇調だったり、巫女風だったり、ラップ的だったり、方言を活かした読み方だったり。叫んでいたり!音楽のLIVEよりも自由で個性を感じました。

星の賢者 自由、個性。詩が持つ原始的な部分はを揺さぶるので、すごく価値の高い芸術的だと思います。

笠原メイ 今の時代の芸術や文化には、独自性よりも、最初から売り上げが見込める、テンプレートやパッケージを求められています。過去に前例のないものは上からGOサインが出ないため、若い人の新しい感覚が表に上がる前には、幾つも門や壁があります。

星の賢者 貨幣経済の現代では、芸術・文化はどうしてもビジネスと結びつくことで生き延びていますからね。量・数=売上の世界では、テンプレートやパッケージがないと大量生産できないのはわかりますが……。アーティスト側からすると複雑な門や壁となります。

笠原メイ そういう中で、僕が定型のない「」というものを書き始めたのは自然なことに思えます。詩集は売れるものではありません。微弱な芸術だと思います。その微弱さを僕は愛しているんです。日常と非日常を繋ぐケーブルという印象でしょうか。

星の賢者 微弱な芸術って表現、いいですね。詩に限らず「大切なこと」って売れるものではなかったりします。私もそういう微弱さは好きです。

笠原メイ 最近、谷川俊太郎さんが「詩は空から降ってくるものではない。詩は地面から吸い上げるものだ」と発言されていました。それを聞いて僕が気づいたのは、自己的宇宙(コスモ)だけで詩を書くのではなく、現実の匂いや、手触り、味がする、社会性を帯びた言葉で綴られなければ、本物の詩として人々には響かないということです。

今はSNSでの詩の投稿をメインに活動していますが、これからは朗読会や勉強会に顔を出して、笠原メイという詩人がヴァーチャルではなく「実際に存在しているんだ」と、世界に知ってもらうことを目的に働きかけようとしているところです。

星の賢者 自己的宇宙という主観から客観になって初めて「作品」となれますよね。昔、ご縁のあったピアニストが恩師から「音楽を通して自分を表現するのではなく、自分を通して音楽を表現するのだ」と教えられたと言っていたのを思い出しました。

詩の楽しみって、自己的宇宙を超えた次元のパッションの交流、テレパシックな「以心伝心」だなあと感じます。個であり全、全であり個であるような……。自立しているけれど、どこか繋がっている感じ。アートの原始的な部分が、心地よく魂に共鳴するのを感じます。

メイさんが朗読された群馬県前橋市 萩原朔太郎記念館前にある萩原朔太郎像

星の賢者 メイさんの詩はどんな風に生まれるんですか?テーマにしていることも教えてください!

笠原メイ 僕にとって詩とは、無意識下の油断から生まれる芸術です。雑念のスイッチを切断して、左手に詩の天使を宿らせると、頭で考えるよりも先にペンが動きます。大切なのは速度です。そういう状態の時は、良い作品が生まれます。100%自分のエネルギーだけで書いているのではなく、ミューズや目に見えない力に頼って書いている部分があります。

星の賢者 ミューズや目に見えない力に頼って書いている部分。詩的で美しい表現!

笠原メイ テーマは無慈悲と愛が中心です。世の中に溢れている残酷な現実と、相反する愛が存在することを描くことが、僕の役目だと感じています。

星の賢者 愛が存在することを描くというのは、この時代に生まれたメイさんのお役目のように感じます。裏返ってしまったコインを何度も表にひっくり返して、愛が存在することを描いていく作業……。

この感覚、星めぐりの読者さまはわかると思いますよ。メイさんたち詩人は、詩作を通して魂を磨かれている。それが作品・表現として社会に還元される。

私、メイさんの世代と、アートや詩について語れるのが嬉しんです。私はインディゴチルドレンという、メイさんより少し前の世代なんです(※)この世代は、三次元の古い価値観・仕組みを壊して開拓する役割がありました。

※地球以外の惑星からやって来た魂(スターシード)を種類分けしたもの。時代による区切りはあくまでも目安。星の賢者さまも、世代はインディゴですがブルーレイの特徴が多く、またレインボーっぽいと言われることもあります。

ブルーレイ 1940~1970年代生まれ
インディゴチルドレン 1970~1980年代生まれ
クリスタルチルドレン 1995年生まれ~
レインボーチルドレン 2005年生まれ~

2016年に「君の名は」という映画が上映されましたよね。あのとき私、びっくりしたんです。あの映画、見る人から見ればスピリチュアルですから!今の10代、20代の感性はこういうテーマをキャッチするんだ?!時代はここまで来たか!って驚いたんです。

ひと昔前なら、こうならなかったように思うんです。もしくは来るべき時が来て、表現が可能になったか。驚いた一方で、インディゴ世代やそれ以前から開拓してきたフィールドに、新しい世代が本気で応えてくれたように思えて、おこがましいことに私、感動してしまったんです(笑)

笠原メイ 僕は90年代の邦画の持つ、出口のない殺伐とした雰囲気や、煮え切れない葛藤を軸とした物語を好んで、影響を受けています。背景にノストラダムスの大予言があったためか、その時期の芸術や文化には終末観がありました。それが一種の退廃的美学として機能していたように思えます。

2010年以降の映画や小説を読むと、その壁を突き抜けているというか。テンプレートもわかりやすい設定やハッピーエンドだったり、時代劇のような勧善懲悪が目立って見えます。アニメ映画にしてもジブリ作品などは「どういう意味の映画だったの?」と考えてしまうものが多かったと思います。

そういう暗喩(あんゆ)の要素が「君の名は」にも含まれていて。そこが現代の需要とも言える「エモさ」と混じり合い、大ヒットしたのかなと思いました。

暗喩(あんゆ) メタファーとも。「〇〇のようだ」というあからさまな比喩表現ではなく、暗に匂わせるような表現で伝える。「君は太陽のようだ」ではなく「君は太陽」が暗喩。多くを語ることなく、わかりやすく説明することなく、伝わっている、感じ取れる表現。

星の賢者 暗喩ってひとつのテレパシーですよね。例えば「雪のように白い肌」よりも、「白雪の肌」と伝えたほうが美感を伴って瞬間的に伝わります。ポン!と投げた言葉や作品が、ホログラムのように一瞬でパッ!と立体的に伝わる感覚。

このテレパシックなやり取りに心が反応するって、感受性の高さを表していると私は思っています。直観も開けています。

先ほどの詩人・萩原朔太郎も、第一詩集『月に吠える』の序文で、詩は「以心伝心」だと表現していますがまさにですよね。そしてこのテレパシックな感じが原始的。魂が共鳴している感覚です。

笠原メイ 僕が萩原朔太郎の詩を読んで感じることは、彼は言葉が存在する前の世界を書いているということです。木々のざわめきや、星の移ろいや、雪の重たさ。全てが言語化される前のコアを再構築しているような。例えば、独特のオノマトペなどが象徴的ですよね。

オノマトペ   音や声、動きなどを音で象徴的に表した語。音象徴語。擬音語・擬声語・擬態語など。萩原朔太郎は、例えば「猫」という作品で以下のようにオノマトペを使っている。

まっくろけの猫が二疋、/なやましいよるの家根のうへで、/ぴんとたてた尻尾のさきから、/糸のやうなみかづきがかすんでゐる。/『おわあ、こんばんは』/『おわあ 、こんばんは』/『おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ』/『おわああ、ここの家の主人は病気です』(『日本の詩歌14 萩原朔太郎』中央文庫より)

また、萩原朔太郎には精神衰弱の部分が見え隠れして、僕の病気(統合失調症)に重なる点もあるのかな?と考えています。実際に聞こえない音や見えない物が、幻聴や幻覚として現れていて。それをレイヤーにして詩に書いていたなら、納得のいくところもあります。芸術家の草間彌生さんもご自身の病を表現に変えていますよね。だから僕も病気でつらい時期がありましたが、今はそれも一つの個性、表現方法のパターンとして扱っています。

星の賢者 精神の病気から生まれる芸術って心に響きますよね。魂が剥き出しになる感覚が宇宙と近くなる感じがします。

病気も一つの個性として表現できるアートは、読者との以心伝心をスムーズにします。言語では伝わらない部分を、言葉以上の言葉となって、一瞬で心と心を繋いでしまう。

詩は、(=歌うようなリズム性)と言葉の2つの要素があります。この2つの要素を上手く繋いで、私たちにホログラムのような何かを伝えてくるんです。詩は「音と言葉を繋ぐもの」かもしれません。

笠原メイ 詩は音と言葉を繋ぐものというご意見。よく分かります。詩にはノンセンス(無意味)な作品も少なくはありません。そこにリズムや響きの楽しさがあるからでしょうね。故に現代詩は難解だという意見をよく聞きます。詩=非日常的で崇高な文学とイメージする人も多いかもしれません。

メイさんが詩作で使われているノート

僕の場合は詩作に2つルールを設けています。一つは、嘘をつかないこと。二つ目は、自分でも意味の分からないことは書かないこと。あとは何でも自由に書いています。

詩を通じて、以心伝心を感じるときはあります。直結で気持ちが伝わらなくてもいいのです。みんなを一つにするのが詩じゃない。みんなを一人にするのが詩ですから。

星の賢者 わかります!束ねるという意味の「一つ」ではないですよね。先ほどメイさんが「微弱な芸術」「日常と非日常を繋ぐケーブルという印象」と表現されていましたが、微弱さを感知した私たちをケーブルで繋ぐ感じは宇宙っぽいですね!

笠原メイ まだ僕は筆の力が弱いので、誤読されても構いません。なんとなく共感できる、よく分からないけど涙が出てくる。その程度のさざ波が地球の裏まで伝わればいいなと思うのです。バタフライエフェクトのように。

星の賢者 バタフライエフェクト。偶然のような小さな出来事が引き金になって、歴史を動かすような大きなことに変わることですね。

笠原メイ 爆弾にはなれないけど、友達の煙草に火を灯せるライターの小さな火になりたい。それが詩作での志ですね。

星の賢者 素敵です~!宇宙から見ると、私たちが「その程度のさざ波」と思っていることが、実はすごく偉大な一歩だった、ということが多々あるそうですよ。

笠原メイ 詩の入り口は色々な場所にあります。電車の中吊り広告から詩が生まれるときもあるし。映画の一場面から浮かぶこともあります。でも詩の扉を潜れば、そこには一つしか世界はないんです。これから詩を読んで好きになる人、書いてみようと思う人、みんな同じ場所にいる。詩の宇宙です。それが言葉以上の感覚で繋がると言うことかもしれませんね。

星の賢者 メイさんのおかげで、詩に対する見え方が文学を超えて、夜空に輝く星座に変わりました!星がピカピカ瞬くようなパッションの交流ができたのではないでしょうか。

惜しいかな、そろそろ次のゲストさまにバトンタッチしたいと思います。次回は、保育士・児童指導員・ライターのめぐみさんをお迎えします。メイさん、めぐみさんに星めぐりのバトンをお渡しください!

笠原メイ めぐみさんは保育士・児童指導員さんで、地に足のついた文章をお書きになる方です。僕が特に好きなのは「忘れないでいること」という記事です。僕も不登校だった時期があるので、共感できるし、勇気がもらえました。読んでいると背筋が伸びます。言葉に血が通っている、そんな素敵な方です。星の賢者様とめぐみさんがどんなお話をされるのか、とても興味があります。

星の賢者 キラキラしたお時間をありがとうございました!

▼今回ゲスト 笠原メイさんのnote

▼次回ゲスト めぐみさんのnote

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一緒に星をめぐって下さりありがとうございました。見えな世界で頑張っていた君にエールを!宇宙からの愛に感謝を
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