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【小説】恋は心のどこにある⁉ 1-5 ふたり、初めての誕生日

恋を忘れた元ヤンクール天然ボケ男子大学生×初恋に全身全霊全力な元気いっぱい女子高生 が、ふたりで恋を探す、恋愛長編小説。

ハッシュタグ #恋心どこ でふたりの恋路を見守りませんか。
マガジン&登場人物紹介
1話
ひとつ前のお話


 お付き合いを始めてからまだ二か月足らずの私とすいさんですが、実は思い出の場所があるのです。
 
 沢塚駅の北口から五分のところに建つ、ビルの地下にひっそり佇む『宮星みやぼし珈琲』というカフェが、私たちの大切な場所。
 
 ボックス席が多い店内は、ゆっくり会話を楽しみたいときにぴったり。お飲み物のお値段も、安すぎず高すぎずでちょうど良し。
 
 だから私は……穂さんに告白するとき、ここを選び、そして撃沈して帰りました。
 
 
「ここに来るのも久しぶりですねぇ」
 
 
 私は届いたばかりのアイスカフェラテを眺めます。告白したときは、私はホットカフェラテ、穂さんはブラックコーヒーを飲んでいました。バレンタインの時期は、冷たい飲み物を頼むには寒すぎたのです。
 
 私が穂さんに告白して振られたのは、二月十五日。
 なんやかんやあってオーケーを頂き、お付き合いがスタートしたのは三月三日。
 お付き合い記念日も、私はホットカフェラテを飲んでいて、穂さんはホットココアを飲んでたよね、うんうん覚えてる。
 
 
「そうだな。付き合うのが決まったとき以来だ」
 
 
 正面に座る穂さんは、記憶を探るように目を細めました。彼の前にはクリームソーダが置かれています。緑色の泡がしゅわしゅわ弾けて綺麗です。チョイスが可愛い。
 
 
「振られたのもここで、お付き合いが決まったのも、ここ。ふふ、またなにかあったら、ここに来ましょうね」
 
 
 私はアイスカフェラテをくるくるーっとかき混ぜてから、一口飲みました。これくらい柔らかな苦さだったら好きだけど、ブラックコーヒーはまだ苦手。早く飲めるようになりたいなぁ。
 
 
「なにかって?」
「うーん、交際が正式に認められたときとか、穂さんが無事に進級できたときとか」
「計算上は進級できる。今のところ」
 
 
 声が小さかったので、本当に『今のところ』なのでしょう。まだ四月だから、計算通りに頑張って!
 
 
「じゃあ、留年が決定したときもここに来ましょう。早めに教えてくださいね」
「大丈夫だ。おそらく」
 
 
 声が小さいんですって……ですが、彼氏を信じるのも大切でしょう。信じてますよ、穂さん。あなたなら絶対、進級できます!
 
 
「……あの、留年以外にも、嫌なことや苦しいことがあったら、私に教えてくださいね」
 
 
 このまま穂さんの大学生活を深堀りしてもいいけれど、でもせっかくの機会だから、私は真面目な声を出しました。
 
 
「私、『楽しいこと』を見つけるのは得意ですけど、それ以外は穂さんよりも鈍いから」
「鈍くねぇよ。鈍いのは俺だ」
「ううん、そんなことないです」
 
 
 穂さんの心は……ご自分で言っていたように、多くの人よりほんの少し、鈍いのでしょう。
 
 多くの人よりほんの少し、心が遠くにあって、だから『恋』のような、いろいろな心が混ざってできた複雑な感情が、よくわからないと言うのでしょう。
 
 あなたは無表情で、抑揚のない声で、『空っぽだ』と自嘲するけれど。
 
 
「穂さんって、結構気遣い屋さんじゃないですか。『気遣いが下手』とか言っちゃう割には」
 
 
 たぶん穂さんは元々、色んなことに敏感なタイプであるように思います。まだ彼の過去に深く踏み込めていない私ですから、あくまで推測ですが。
 
 でも、眠れなくなったり味がわからなくなったりした経験がある穂さんを……ただ鈍いだけの人だとはやっぱり思えませんし、心配なんです。
 
 私は、穂さんにたくさん楽しい気持ちをあげたい。
 辛くて苦しい気持ちは全部吸い取ってあげたい。

 彼が、私への『恋』をその心に見つけられなかったとしても、関係ないのです。
 
 私、穂さんを、ちゃんと大切にできる彼女になりたい。
 
 
「いつも私を大切にしてくれる穂さんを、私だって大切にしたいんです。言えることはなんでも言ってください」
「ああ」
 
 
 素直にこっくり、頷く穂さん。クリームソーダ効果で、今はカッコいいより可愛いが勝ちます。はぁ、クリームソーダを飲む穂さん、一生見ていられる……でも、わざわざバイト前に私を呼び出したのはなんでかな?
 
 
「そういえば珍しいですね、バイト前に会おうなんて」
 
 
 穂さんは居酒屋のキッチンでバイトをしています。応援に行けないのが残念。バイト中の穂さんも絶対、とっても素敵なのに。
 
 
「ちょっと先だけど、プレゼント、渡しとこうと思って」
「……へ?」
 
 
 まさか? まさかまさかまさか!?
 驚愕する私の前で穂さんは大きめのトートバッグから、紙袋を取り出しました。有名なコスメブランドのロゴが入った、愛らしい薄桃色の紙袋です。
 
 
「誕生日おめでとう。三十日に、またメッセ送るな」
 
 
 差し出された紙袋を、受け取る手が震えます。穂さんは小さな笑みを唇に浮かべて、私の反応を見ています。見ていて、くれています。
 
 
「……あ、あの、覚えていて、くれたんですか?」
「千春も俺の誕生日覚えてるだろ?」
「そりゃあ、覚えてますけど……っ!」
 
 
 だって、一回しか言ってない!
 四月三十日が誕生日だなんて、私、あなたと出逢った日に伝えたきりなのに!
 
 
空峰そらみね穂さん。いいお名前ですね! 秋生まれですか?』
『そう。十月十五日』
『つい最近ですね、おめでとうございます!』
『どーも。木島こじまは春生まれ?』
『はい、四月三十日です』
 
 
 あの、一回。たった一回。
 私が、あなたの誕生日を覚えているのはわかる。
 
 あなたに恋をした、私だから。
 あなたに関わる全部が宝物になった、私だから。
 
 
「……うっ、す、穂さぁーん」
 
 
 でも、あなたは違うはずなのに。
 どうして、私の誕生日を、ずっと忘れないでいてくれたの?
 
 
「泣くな」
「泣いてません!」
 
 
 ギリッギリで耐えました、危ない危ない。
 
 
「ありがとうございます、とっても嬉しい!!」
 
 
 紙袋を抱きしめて、ちゃんとお礼を言います。このまま踊りだしたいくらい嬉しいですが、お店に迷惑なので耐えます。頑張れ私の理性。
 
 
「このブランド、女性客ばっかりだったでしょ? 入るの恥ずかしくありませんでした?」
「いや」
 
 
 さすが穂さん。マジでなんも思わなかったのでしょう。
 
 
「どんな顔して入ったんです?」
「この顔だな」
 
 
 自分の整ったお顔を指さす穂さんに、私はきゃーっカッコいい! と黄色い歓声をあげました。

 穂さんはクリームソーダのアイスをすくいながら――そんな姿にも私の心臓はわーきゃー叫んでいるのですが――じたじたする私を観察しています。私が笑いかけると小さく笑ってくれます、あーもう、好き。好きで好きでどうしてくれよう! どうにもならないなぁ!!
 
 
「今日、家で永遠に穂さんの話しちゃいそう」
「場が凍らないか?」
「凍ったら溶かします!」
 
 
 それからは、私、ずーっと笑ってました。真面目な顔なんてできなかったのです、頬が勝手にとろけてしまうのです。そして、何度も何度も、すぐ横に置いた紙袋を撫でちゃいました。

 お店を出て、バイトまで余裕があるからと、穂さんが私を家まで送ってくれます。日の光がほんのり残った空の下、私と穂さんは手を繋いで歩きます。
 
 
「穂さん、お誕生日に欲しいもの、考えておいてくださいね」
「まだ先だろ」
「先だからこそ、です! ものすごく高価なもの以外は、なんでも用意しますから」
「考えておく……半年後か、忘れそうだな」
「ご自分の誕生日なんだから忘れないで!」
 
 
 なんて話をしていたら、あっという間に家だぁ……穂さんと一緒だと、我が家の立地の良さを恨んでしまいます。もう少し駅から遠ければ、もっとお話できたのに。
 
 
「穂さん、ありがとうございました」
 
 
 家の前で、改めて頭を下げます。いい匂いが家から漂ってきて、お腹が鳴りそうですが、ぐっとこらえます。お腹が鳴ろうと、穂さんは気にしないけど、そこはまあ、乙女心ってことで。
 
 
「プレゼントを開けたら、また変なテンションのメッセージを送りますので、お覚悟を」
「わかった」
 
 
 穂さん、覚悟が決まった顔。とりあえず、意味のある文章を送るように努力しようっと。
 
 
「じゃあバイト、頑張ってくださいね」
「ああ」
 
 
 そして穂さんはクールに去る……と思ったら、くるっとこちらを振り向いて戻ってきます。 
 
 
「どうしました?」
 
 
 私の問いかけには答えずに穂さんは。
 急に身体をかがめたかと思うと――急に、柔らかな感触と温度が、私の額に降ってきて。
 
 
「……っな、あの、ななななんで」
 
 
 上手く言葉も出てきません。
 ただ、額に唇が触れただけ。
 世界で一番恋しいあなたの、薄い唇がほんの一瞬、触れただけ。

 それだけで、幸せで、額に残った余熱で私が全部、溶けてしまう。ああ、どうしよう。
 
 
「千春が喜ぶと思ったから」
「よ、喜びすぎて、その、えっと」
「千春が笑うと、俺も嬉しいと思う。まだ『恋』には遠いかもしれねぇけど、これはちゃんと、俺の心だ」
 
 
 最後に一方的に爆弾を投げつけて、穂さんは「じゃあな」と言って歩いていきました……大きな後ろ姿を見送った後、紙袋を大事に抱きかかえて家に入ります。

 部屋に直行して、早速、袋に入っていた箱を取り出します。綺麗なラベンダー色のリボンを解いて、箱を開けると。
 
 
「ネイルオイルとハンドクリーム……! しかも新作!!」
 
 
 なんて最高のチョイスでしょう! ちらっと『乾燥肌なんですよねー』みたいな話をしたの、覚えててくれたのかな? 

 穂さんはやっぱり、気遣い屋さんだなぁ。それに、額にキ、キスまでしてくれちゃったし……うー、これは踊ってもいいよね!? とベッドに立ち上がろうとしたとき、紙袋の底に入っていたカードに気が付きます。
 
 
「これって」
 
 
 どう見てもメッセージカードでした。ベッドに腰を下ろして、整った手書きの文字を読みます。
 
 
『誕生日おめでとう。
 来年も、千春の誕生日を祝えたらいいと思っている』
 
 
 よく見ると、このメッセージカード……本屋さんで見かける、塗り絵メッセージカードじゃない!? 
 
 じゃあ、このお花もリスもアゲハチョウも、全部、穂さんが色を付けてくれたの? もしかして、この前買った、色鉛筆を使ってくれた?
 
 丁寧だけど少しはみ出しもあって、それがとっても愛おしい……まだ付き合って二か月も経っていないけど、今日までの二人の思い出が、このメッセージカードに詰まっているような気さえしてしまいました。
 
 来年も、再来年も、その先も、ずっと、ずっと、ずっーと、一緒にいたい。

 いろんな思い出を積み重ねて、いつか。
 
 
「あなたと二人で、恋をしたい」
 
 
 そう呟いた私は、ちょっぴり泣いてしまいました。
 嬉しいときに流す涙もしょっぱいのが不思議です。
 こんなにも心臓は甘く、とくとくと鳴いているのに。
 
 穂さん、最高の誕生日をありがとう。
 十月、楽しみにしていてくださいね。


次の話→4月の短編or千春ちゃん視点過去1

☆千春ちゃんは紅茶派、穂さんはどちらかと言うとコーヒー派
☆穂さんは女性ばっかりのお店でもずっと無表情を保てる
☆千春ちゃんは自室でひとしきりソーラン節を踊りました

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