【小説】21gに対する考察

 私はこの世に取り残された。それも生きて自分だけが取り残されるのではない。死んでもなお取り残される、つまりは成仏できなかった夢の話。

 私は部室として勝手に使っている部屋にポツリと立っていた。友人と夕暮れまで共に語らう茜色の園。時計は下校時間までまだ一時間以上ある。彼女はどこへ行ったのだろう。いつもならばもう先に来ているはずなのに……探しにいこうとしても手はドアを掴めない。そんな時ガラリとドアが開いた。あの子の姿。
「遅かったじゃない」
 そう話しかけたのに視えなかった、聴こえなかったようで、彼女もため息を一つついて寂しそうに去る。待ちなさいよ、そう言って肩を掴んだのにすり抜けて。背中を追おうとしても足がこれ以上前に進まずに私は膝から崩れ落ちた。それから彼女は来なかった。私は窓から出られないかだとか、別の人が来ないだろうかだとか色々試すも出ることは叶わなかった。

 どれほど時間が経っただろう。何度かは夜が来たのも認識したしいつかは出られると思っていたがそれも杞憂。窓にはオレンジの光。茜色の牢獄。夢なら早く覚めてとソファで膝を抱えて俯いていた。ふと前を見るとどう見ても怪しい黒いローブを着た人物。
「死神か……」
 乾いた唇から漏れ出す呟き。全てを察してしまう。ああ、私は死んでやっとお迎えが来たのかと。ここから出られるなら、あの子に視えないのならば何処かへ行きたい。死神に目を向けはっきりと宣言してやる。
「ーーーーさあ、お迎えに来たならとっとと連れて行きなさい。未練なんて、ないと言ったら嘘だけどここに居るよりずっとマシね!」
 どうやって死んだかも思い出せないならば、最後くらいカッコつけてもイイでしょ?
 しかし流れる空白。死神はやっと口(あるのかは不明だが)を開く。

「あー……すみませんお迎えには来たんですけど、ちょっと不手際というか不具合がありまして。貴方様を連れていけないんですよねえ……」
「は、なんで? ここに留まるのなんて嫌ね! それに生前あまり悪いことはした覚えないけど?」
「あっ、はい、それはそうなんですよ。悪いことはしてないはずです、それはこちらのログでも確認済みで」
「何故?」

 あからさまに慌てだす死神、下請けなのかしら。あまりキツく言うのも可愛そうね。今にも泣き出しそう。
「言っても怒らないから、ハッキリ説明して。そうしたら納得してあげなくもない……」
「本当ですか……」
 夕日もかなり傾きかけている。
「ハッキリというと重量オーバーです」
「はあ? 女性に対してそういうこと言う?」
「ほら怒ったあ! やだあ! だからいうの嫌だったんですよお!」
 そりゃそうだ、この前の健康診断の際はちょうど年齢と身長相応の体重だった。それよりはまあ、増えているかもしれないけど。
「貴方勘違いしてるんですう! 身体の重さじゃなくて魂の重さが既定のg以上だったんで運べないんです」

 人間の魂は21gという話がある。昔に調べた人がいるらしい。死神曰く個人差があるがそれは魂を天使が導く際も、死神が連れて行く際もある程度の規格に収まっていないといけない。規程に収まっていないと、手続きが煩雑かつ追加料金を取られる可能性があるがそれ以上は規則で言えないらしい。故に手続きが終わるまでここに留まるか、重さを軽くして運べるようになるか二択がスタンダートだと伝えに来たと。

「手続きはまあ了承してあげましょう、納得はねいかないけど?」
 カッコよく決めたのに取り乱して散々だ。穴があったら入りたい、入らなくても誰にも視えてないのよね。
「魂の重さを軽くするって? どうするの?」
「うーん、私入社したてなんでそこまで研修受けてないのでわからないんですよお。ごめんなさい」
「無責任過ぎない? 上の人呼んできなさいよちょっと! コラッ!」
「ひええ……もうっ、嫌ですう! あとは頑張ってくださいごめんなさい!」
 そう言って死神は窓から脱兎の勢いで去る。待ちなさいよと追いかけても窓は開かず、幽霊のようにすり抜けることもできず。
 空には煌々と月が輝いていた。

 目覚めると私は自宅のベッドの上に横たわっていた。枕が足に、布団が自分の顔の上に丁度180度回転した状態で。圧倒的寝相の悪さ。そりゃ悪夢も見るわけ。そう、夢よね、夢だったのよね。確かめるように起き上がり、ドアや窓が開くことを確認する。スマホで時計を確認すると朝5時。これは二度寝したところで対して眠れないし眠ったところで、あの悪夢に戻ってしまいそうで。そのまま布団に横たわったまま死神に言われたことを考えていた。魂の重さ、どうやったら減らせるのだろう。体重に比例しているのか? もしやダイエットをせよというお告げか。

 夢に誰かが出てくると、夢に囚われる。他の事も手につかなくなるくらいに私の心の中を灼く。部室に来て私が居なくなったと思いため息をつくあの娘。それを見ているだけの私。嫌だ、嫌よ。たとえ死ぬならば、あの子の記憶から消えでもしないと悲しませるのね。置いていかれてあそこに止まっていると知ったら貴女はどんな顔をするのだろう。それに二人で、エレベーターに乗りたいじゃない。重量オーバーで降りる羽目になるなんてとても恥ずかしい。しましょう、ダイエットを。手段などわからなくとも。手探りでも貴女と共にいるためならば。

 手段のわからない減量をするためにその日は朝食を抜いた。悪夢のせいで早起きしたところで食欲なんてなかったのである。始業前クラスの教室に行っても彼女は居なかった。少し胸が痛む。まさかね、一応部室に寄ったら彼女は朝から携帯ゲーム機で怪物を狩猟していた。
「おはよ」
「おはようー」
 彼女も私もちゃんと生きいてる。挨拶を交わしただけの安堵。もうすぐホームルーム始まるからそこそこにしときなさいよ。そう言って教室に戻る。一緒に戻ってもよかったのに、そうしなかったのはあの場所に囚われていた生々しい記憶が脳裏にずっとあって。

 ちゃんと彼女も始業時間には教室に戻っていたしあとはいつも通りよ、日常よ。そう思っていても授業中魂について考えていた。『三つ子の魂百まで』『一寸の虫にも五分の魂』ことわざについて思い出したり、少年漫画が脳裏を掠めてそれは絶対違うやつねと一瞬で振り払ったり。昼休みも食欲が湧かずに彼女を避けるように考え事をしながら校内を彷徨っていた。それでも香る食堂のラーメン、焼きそば、家庭科室のクッキー。我慢すればするほど考えは深く、ドツボにハマって行く。

 放課後、一番部室へ向かいたくはない時間だった。けれど顔を出さないと彼女に悪い気がして。いいえ、まだ夢の続きに囚われているような気がする。茜色の牢獄から抜け出さなくては。部室のドアノブはひんやりしていてちゃんと捻ると開く。彼女は相変わらず狩猟に勤しんでいたが、私を見るなりゲーム機を仕舞い。カバンから菓子パンと飴玉を取り出した。
「――食べよ? めっちゃ険しい顔してるよ」

 そう言われて、何か張り詰めていた気持ちがぷつりと切れ彼女に抱きついていた。
 彼女も突然泣かれるわ、抱きつかれるわで戸惑った顔。それでも私が一通り泣き止んである程度のカロリーを摂取するまで何も言わずそばに居てくれた。

 私は彼女に夢の中の、茜色の牢獄の話をした。
 聴いて笑っていた。そりゃそう、誰だって笑う話さ。それに胸を灼かれる私がいけない。
「――もう、笑うけど否定はしてないからね。逆にだけどご飯を我慢して死んじゃったら、それは未練でめっちゃ魂重くなりそうだなって」
 そう言って更にカバンからサクサクの棒状のクッキーを取り出す。ほら贅沢したまえと。
「なんだっけ、ことわざにさ『一寸の虫にも五分の魂』ってあるじゃん」
「ある、そのことも今日考えてたわ」
「一寸って調べたら約3cmなのね。それで五分が約3から4mm」
「うん」
「重さと長さって単位が違うからテキトーなこというんだけどねー……今やってるゲームにでっかい虫の怪物が出てくるのね。それって700cm超えてるんですよ」
「大きいわね」
「大きいんだよね太刀じゃ届かないもん、魂だって1m越えるし魂も21gじゃ済まないと思う」
「虫の怪物と人間と比べてもなあ」
 彼女は国語の便覧を出しながら、ことわざを更に探す。
「じゃあね、『三つ子の魂百まで』は。多分3で割れば一人21g超えで三つ子はお得」
「ステーキシェアしてるんじゃないし、3歳の子供って意味だからそれ……」
 一通り魂のことわざに関する彼女の独自解釈を聴いてそれはないだとか関心したりしていたらいつのまにか胸を灼く衝動は消え去っていた。


 下校準備を促す放送が流れ。今日はゆっくり眠れそうだなとか思いながら荷造りを始めていた、とは言っても水筒をしまうだけだった。部室の窓を閉めていた彼女が言う。
「結局のところ、あなたはあなたでイイんじゃないって思うよあたし。等身大の適性体重? 魂とかも多分自分の等身大の重さでイイよ」
「うん」
 ハッキリ言われるとくすぐったいよ、そう言うのさ。また泣いちゃうわよ。
「それにさ、あなたの魂が重量オーバーなら私が軽くなればイイし。私のも重かったら一緒に最後まで居てあげるから」
 茜色を遮るように勢いよくカーテンをしめる貴女、それは迎えに来てくれた羽根のようで。今度は私から出て二人とも無事に部屋を出たのだった。

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