月光の下
作品概要
【作品形式】朗読・声劇・1人・2人
【男性:女性:不問】1:1:0
・1話:1:0:0 / 2話:0:1:0 / 3話:1:1:0
【登場人物】
・男(演者の性別不問)1話 / 3話
・女(演者の性別不問)2話 / 3話
【文字数】約6,000字(予定)
・1話:2,500字 / 2話: / 3話:
【目安時間】約15~20分
・1話:7〜10分 / 2話:7〜10分 / 3話:
*朗読など。ご自由にお使いください。
*配信や上演のご連絡を頂けると喜びます✨
・月光の下(もと)1話【男】
今日も夜がやってきた
忙しさにも、疲れた体にも、すっかり慣れすぎて
何も感じないまま、電車に乗り込む
余裕をもって仕事ができたのは、最後・・・いつだっけ
爽快な体って、どんな気分だったかな
普段なら、どうでもいいメールや友人の呟きに反応したりしているが
なんだか今日は、スマホを開く気力がない
混み合った車内、奇妙な静けさの中
到着駅を知らせる案内だけが、扉の上で明滅する
みな一様に、スマホを覗き込み
別の世界で、別の誰かといる
誰ひとりとして、現実(ここ)にはいない
停車駅が近づき、減速する車体
慣性の法則に逆らって、吊り革を掴み両足に力を込める
電車はゆっくりとホームに滑り込み、静止する
その静寂を破る扉の音と共に
束の間こちらの世界の夜に向けて
扉の先へ、足を踏み出す人たち
今ここに居るのは自分ひとりだけ
そんな気がして、窓の中の自分を見る
黒縁メガネ越しに僕の瞳が
なにかしら言いたげに見返してくる
「なんだよ…」
目を伏せたその先で目に入った上品な桃色のネクタイは
別れた彼女が、ひとつ前の春にくれたものだ
窓の向こうの夜空に浮かぶ明るい月が僕と重なった
まるで僕のネクタイが濡れて滲んでしまったように
ピンクがかった大きな満月
窓の外の景色に気づいているのは
きっと僕だけだ
こんなに綺麗なのに
すぐに欠けてしまうのに
変わらないものなんて、ないというのに
必ず、別れが、来るというのに
モノクロだった僕の世界に桃色のネクタイを持ち込んだ彼女は
センスがあって、話も上手で、料理も得意だった
色白で、くるっとカールした色素の薄い髪は柔らかだった
笑うと目がなくなって、屈託のない笑顔が
その可愛らしさが魅力だった
だけど僕には、彼女が本当に笑っているのか
本当は泣いているのか、わからないことがあった
それが、とてつもなく不安だった
彼女はよく、月を話題にした
今夜はブルームーンだよ、とか
見えないけど今日のジャスト満月は正午だよ、とか
新月だから、星がたくさん見えるね、とか
僕は、天体や星占いに興味なんてなかったけど、
彼女が関心を寄せるものが
月や星という、目に見えるもので助かっていた
綺麗な三日月だったねと、僕がそう言うだけで
彼女がとても、嬉しそうだったから
本当は、ただ月や星を、一緒に見てほしかったわけじゃなく
その時々に、伝えたい想いがあったのだろう
そして彼女は、きっと…気づいていたんだ
空に目をやるだけで、彼女への理解を示せているような
僕は、そんな勘違いをしていた
いや、そう思い込もうとした
だから、彼女が居なくなったのは僕のせいだ
彼女を満たせていないことに
彼女の心が変化していることに
気づかないふりをした
月が形を変えるように
時がたてばいずれ、満ちる時が来るなんて
そんなわけないのに
もっとちゃんと彼女を見ていたらと、そう思っていたけど
見るべきは僕の心だったのかもしれない
僕の心にも、何かが欠けていたのだから
求めてくれたら、応じられるのに、とか
言ってくれなきゃわからないなどと、自分に言い訳をして
諦めたふりをして逃げたんだ
その時、後ろで誰かの、控えめな咳払いが聞こえた
「もしかしたら」と、今になって思う
あれは彼女の策略だったのではと
こうして今も、月に導かれた僕は
まんまと、その策に嵌って(はまって)いるのだから
彼女は、今夜もどこかで、あの髪を揺らして
この夜空を見ているだろうか
「今夜は満月だよ」と僕ではない誰かに、耳打ちしているのだろうか
(間)
今日もいつも通り
駅の階段を、のろのろと上り改札へ向かう
今朝、逆向きに「入っていいよ」と、許可を得た場所
「出ていいよ」の許可を得るべくカードをかざす
何度も繰り返してきた無機質な動作
だが、次の瞬間、全ての音が消えた
許可を告げる機械音はならないまま
改札機に挟まれた状態の僕は突然の静寂に驚く
ん?・・・なにか・・・なんだ?
「ピッ」という、いつもの電子音に続いて、人々が床を鳴らす音
着いたよと家族に電話する声
電車の行き先を告げるアナウンス
普段の雑踏が戻ってくる
声が聞こえた、ような気がした
改札を出た僕の足は
いつもと逆方向へ踏み出す
鼓膜じゃないどこか
体のどこかが、振動した、ような気がした
何かに導かれるように
戸惑いながら歩を進める
心臓の音がやけに響く
なぜか早足になる
どうしてだろう、なんとなく
『急がなきゃならない』そんな気がする
(間)
歩いていると、暗がりの中に、公園を見つけた
こんなところに公園があったなんて、気づかなかった
道路脇にピンク色の吹き溜まり
昨夜の雨で、塊になったままの桜の花びら
短い春が終わろうとしている
春はとっくに来ていたのに
それに気づいていなかったことを残念に思う
強い風が吹いた
どこからともなく、ささやかな桜吹雪が
僕の足元に新たな花びらを連れてきた
見つめた革靴の先から、もう一陣の風に乗って花びらが舞う
吹き上げた風は花びらを宙に残したまま
公園と道路の境目に立つ電灯の向こうへ通り過ぎた
無重力空間にあるように、ふわりと静止した後
ゆっくり落ちていくピンク色の行き先を目で追った
僕の視線のその先に
揺れるブランコに腰掛ける長い黒髪の女性がいた
電灯の向こうから風が戻ってくる
その風に乗って微かに聞こえたメロディに
僕の心臓が鼓動する
月明かりに照らされた横顔から
目が離せない
お世辞にもうまいとは言えないけれど
少し調子はずれな歌声は
月に向かって…いや、きっと誰かに向けて
静かに静かに夜空に放たれていた
ブレスの音が少し離れた僕にも聞こえる
大きく息を吸っているのに
出てくる声は、気楽な鼻歌のようでもあって
そのアンバランスな様子に少し笑ってしまう
でもなぜか、喉の奥が締め付けられて
熱い塊が目の奥に集まってくる
小さな声なのに、体に大きく響いている
…あぁ
この感覚は初めてだ
だけど、体は知っていたんだ
僕の心に欠けていたもの
あの時、僕が彼女に、届けられなかったもの
本当は、渇望してやまなかったもの
愛なのか、悲しみなのか
叫びなのか、願いなのか
この声に、込められているものがなんなのか
どれほどの想いが溢れているのか
想像もできない
わからない
それなのに
この夜に溶けている
目に見えない音の粒子が
僕の肌を震わせ、この身体に真っ直ぐ届いた
それだけは、わかったんだ
・2話【女】(未)
(続く)
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