魔導機兵エクスマキナ 第2話
ヴェステンブルク市へのゴーレム襲撃から数日。
壊された建物の撤去が進む中、俺はようやく試作機の残骸の回収を終わらせて、工房の休憩室で一息ついていた。
「ふぅ、これでやっと一段落……ん?」
工房の外から聞こえるブレーキ音。近付いてくる、歩幅の小さな足音。
来客を迎える準備に取り掛かる暇もなく、休憩室の扉が勢いよく開け放たれ、華奢な少女が意気揚々と飛び込んできた。
「待たせたな、レオンハルト! 正式契約の書類が仕上がったぞ!」
「おはようございます。仕事がお早いですね、姫様」
「普段通りでいいと言っただろう。特に姫様はやめろ。今の私は『グラス島の大地主の娘、フィオナ・シャムロック』ということになっているのだ」
わざとらしく敬ってみせると、少女は不満そうに唇を尖らせた。
「父上……皇帝陛下が新兵器の開発を指示したことは、現時点では他言無用のトップシークレットだ。万が一にも情報が漏れるようなことがあれば……」
「分かってるよ」
先日のゴーレムとの戦闘後、俺は皇帝の娘を名乗る少女フィオナから、にわかには信じがたい提案を受けた。
これから先の研究予算は全てフィオナが出す。
その代わり、宣言通り『最強の対ゴーレム兵器』を作ること。
しかもそれが皇帝陛下の極秘命令だというから、全力で耳を疑わずにはいられなかった。
「にしても、皇族の紋章付きの契約書か。まさかお目に掛かる機会があるとはなぁ」
「今のうちに慣れておけ。お主は皇帝の娘と契約を結んだのだからな」
「それなんだが、あんた本当に皇女なのか?」
「まだ疑うか。懲りぬ奴め」
フィオナは呆れ混じりの笑みを浮かべた。
「あんたがただの子供じゃないのは分かってる。工房の所有権をたった一日で買い取るなんて、どう考えても普通じゃないからな。そもそも皇女様が、こんな場末の工房にろくな護衛もつけずに来るわけがないだろ」
俺としては理路整然と矛盾点を指摘したつもりだった。
ところがフィオナは、痛いところを疲れたという様子などまるでなく、むしろ楽しげに耳を傾けているようにすら見えた。
「私が何者だろうと、お主は研究の手を抜いたりしないのだろう?」
「当然。俺にとっても悲願だからな」
「ならば良し。お主は変わり者の後援者から資金提供を受け、私は最強の対ゴーレム兵器を手に入れる。何も問題はあるまい」
まぁ……それはそうだ。
この少女が何者であったとしても、帝国政府や大手商会にコネクションがあることは間違いないのだから。
「納得してもらえたようで何より。では、今後の方針を話し合うとしようか。まずは試作機の修理を……」
「あ、悪い。ありゃ廃棄処分だ」
「はぁっ!?」
見事なまでに裏返ったフィオナの叫びが響き渡る。
「廃棄処分だと!? どういうことだ!」
「まぁまぁ。話は最後まで聞けって」
さっきまでの拗ねた態度が吹き飛んだのはいいが、これはこれで話を先に進めにくくて仕方がない。
俺はどうにかフィオナを落ち着かせ、工房の一番奥へと案内した。
普段エクスマキナを駐機させているスペースよりも更に奥、壁と見紛うほどに大きなシャッターを開けた先。
そこには、俺がフィオナに見せたかった『あるもの』が、太いワイヤーで天井から吊り下げられていた。
「こ、これは……!」
「エクスマキナの新型試作機だ。前々から計画を進めてはいたんだけど、予算不足でしばらく中断せざるを得なくなってね。ほら、まだ上半身しか組み立て終わってないだろ」
従来型の試作機は、重機の部品を組み合わせた構造をしていた。
首から上も手首から先もない歪な人型だ。
しかし、この新型は違う。
操縦席がある箱型の胸部は共通だが、その上には兜のような頭部があり、骨のようなフレームがむき出しになった腕部の先には、五本の指を備えた手が取り付けられている。
「さて、新オーナー殿。予算の都合さえつけば、すぐにでも作業を再開できるんだが……」
「愚問だな! 必要なものは全て用意してやるとも!」
フィオナは熱い眼差しで上半身だけの試作機を見上げている。
俺はその瞳に、自分と同じものを――何があっても叶えたい『夢』の存在を感じずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
更に数日後。再び工房を訪れたフィオナを出迎えたのは、作業場を満たす雑多な騒音の洪水だった。
金属を削り曲げる加工音。作業クレーンの動作音。溶接用の魔導バーナーの噴射音。
俺にとっては日常的な生活音も同然だ。
「随分賑やかだな。こんなに大勢の人員、どうやって確保したのだ?」
「近所の町工場の連中だよ。困ったときはお互い様って奴だ」
「なるほど、同業者の助け合いというものか。ところで、肝心の進捗状況はどうだ」
「もちろん絶好調さ。見てみるか?」
俺はフィオナを連れて作業場の奥へと足を運んだ。
そこに設けられた大型の作業台には、新型試作機の胸部パーツだけ……つまり胴体部分の上半分から腕を外したものが乗せられていた。
しかも都合のいいことに、ちょうど頭部の連結作業が終わろうとしているタイミングだ。
「最初に説明した通り、旧型試作機の大きな欠点の一つが、視界の狭さだった。操縦席がある胸部の装甲を厚くすれば、その分だけ覗き窓が小さくなるからな」
「それを解決するために『頭』を取り付けた、と言っていたな。首尾は上々か?」
「乗ってみるか? 実際に試した方が手っ取り早いだろ」
というわけで、フィオナには胸部と頭部だけの試作機に乗り込んでもらうことになった。
旧型は機体の一番上から乗り込む構造だったが、新型は頭を付けたので、ハッチが背中側に移動している。
エクスマキナの全高は人間の三倍程度。
全体としてはかなりの大きさだが、背丈の半分強を脚部と細い腹部が占めているため、胸部から上だけだと思いの外小さく、そして狭い。
「……相変わらず、窮屈だな。拷問に使えそうだ」
「起動するぞ。よーく見てろよ」
外から装置のスイッチを入れる。
次の瞬間、開けっ放しのハッチの中から、フィオナの驚きの声が響いた。
「おおおっ!? な、なんだこれは!」
フィオナが見ているのは、操縦席の前方に映し出された『機体の外』の光景だ。
俺も既に試したことがあるが、まるで目の前がガラス張りになってしまったようで、思わずフィオナと似たようなリアクションをしてしまった。
「映像遠隔送受信装置。テレヴィジョンって呼んだ方が分かりやすいか」
「テレヴィジョン? 確か……映画のようにフィルムを再生するのではなく、魔力の作用によって映像を遠くへ届ける機械だったな。実用化はまだ先だと聞いていたが……まさかそれを?」
「ご明察。一口にテレヴィジョンと言っても色々あるけど、こいつは魔法使いが使う『遠見の水晶玉』を魔導技術で再現したタイプだ。大学の同期の職場で開発された代物だったから、試験運用って名目で借りてきた」
持つべきものは人脈だ。こういう仕事をしていると常々そう思う。
「仮の製品名はクリスタル・ヴィジョン・システム。基本素材は人工水晶。映像は高品質で遅延もほとんど起きないが、欠点として送受信距離が極端に短いらしい」
「どれくらいだ?」
「画質を保てるのは二メーターまで。五メーターも離れるとノイズだらけだ」
「何だそれは! 使い物にならんではないか!」
操縦席にフィオナの呆れ声が響いた。
「まだまだ実験段階だからな。だが……エクスマキナの『眼』として使うなら問題にならない。撮影機は頭部に仕込んで、投影機は胸部の操縦席だ。二メーターもあれば充分すぎる」
「……確かに。しかしだな、レオンハルト。それならわざわざ頭など付けずとも、撮影機も胴体に仕込めばよいのではないか?」
「撮影機のデカさも考えろ。死ぬほど狭い操縦席がもっと狭くなるぞ」
そんな遠慮のないやり取りを交わしながら、フィオナに手を貸して操縦席から引っ張り出す。
「ところで、話は変わるのだが」
フィオナが怪訝な顔をして機体の表面を叩く。
「操縦席の周りにあった装置は、レバーが二本とペダルが二つ、それとよく分からんボタンとスイッチが幾つかだったな。これだけで動かせるのか?」
「そんなの無理に決まってるだろ。ちゃんと仕掛けがあるんだよ」
いつか必ず聞かれると思っていた質問だ。
当然、分かりやすい返答も事前に用意してある。
「エクスマキナには数十通りの動作パターンがプリセットしてある。しゃがむ動作、腕を振る動作、盾を構える動作、前進後退……そういった動作のうち、今すぐ使いたいものを適宜レバーとペダルに割り振るんだ」
「割り振る?」
「戦闘用のスイッチを入れたら、レバーとペダルの動作が戦闘用の配置に。移動用のスイッチを押したら、移動用の配置に。そんな感じで切り替えるんだ」
例えば切断攻撃動作ならレバーを動かせば剣を振るうような動作。
打撃攻撃動作なら、レバーを動かせば拳で殴りつけるような動作。
これらを素早く適切に切り替えることが肝要となるわけだ。
「はぁー……なんともまぁ、よく考えついたものだな、お主……」
フィオナは呆れたような感心したような顔をしている。
「基本的にはゴーレムの制御魔法からのリバース・エンジニアリングだし、それをやったのも俺じゃないよ」
「お主でないのなら、一体誰が」
「……ヴォルフラム・グリム。俺の親父だよ。忌々しいことにな」
父親のことを思い浮かべると、いつも複雑な気分になる。
尊敬。羨望。憎悪。拒絶。
色々な感情が混ざり合い、自嘲的な笑みになって出力される。
フィオナは不安そうに眉尻を下げ、言葉を選びながら口を開いた。
「お主……その、お父上とは……」
だがそんなフィオナの声は、工房に駆け込んできた老年の運転手の声にかき消されてしまう。
「お嬢様! パトリシア様からご連絡が! 二人きりで会いたいと!」
「……何だと? 姉様が?」
内容の穏当さとは裏腹に、運転手は何故か酷く焦っている。
そしてフィオナも、隠しきれない嫌悪感を顔に滲ませていた。
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